岡崎の変わるまちなか「QURUWA」と何する?

あの人のトライ:はりスポットNUR 柴田太貴さん

  • 事業を始める

QURUWAエリアでトライを続ける方々のお話を聞いていく「あの人のトライ」。今回登場いただくのは、予約制の鍼灸院「はりスポット NUR(ヌール)」を営む、柴田太貴さんです。

2021年7月にオープンしてから、たくさんの人が美容や身体のケアのために通っています。どのような想いでNURを運営されているのか、スポーツトレーナーでもあり鍼灸師の柴田さんに話を伺いました。

気軽に足を運べる鍼灸院があったら

鍼灸院と聞くと、何となく病院やクリニックのような場所を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。NURは飲食店などが入居するビルの1階にあり、まるでカフェのような洗練された空間が特徴的です。美容鍼とはり治療の2つのメニューがあり、お客さんひとりひとりの悩みに合わせてオーダーメイドな施術を提供しています。

柴田さんは行きつけのカフェのように、気軽に身体をメンテナンスできる場所があったらと思い、NURを開業しました。「NUR(ヌール)」という名前は「RUN(走る)」という単語を逆さまにしたもの。​人生を走るなかで疲れたり痛めたりする体を反対側から戻していくように癒したい、そんな思いを込めているそうです。「はりスポット」という名前は身体をメンテナンスする場所でもあり、ゆったりと落ち着ける空間として名付けました。

NURはまるでカフェのような外観

きっかけは学生時代の原体験、興味を追って専門学校へ

柴田さんは岡崎出身の31歳(2024年11月時点)。地元の高校を卒業してから一度就職したものの、仕事が合わなくて挫折を経験。これからどうしていこうかと思った時に、身体をケアする仕事に興味を持つようになりました。

高校時代は陸上をしていて、テーピングなど自分で身体をケアすることが日常でした。はっきりしたきっかけがあった訳ではないんですが、最終的に自分がやりたいことは身体のケアかなとふと思った瞬間があって。まずは自分がやっていたスポーツ関係から調べていったら、スポーツトレーナーの仕事に興味を持つようになりました。

会社員を3年ほど続けてお金を貯めたのち、退職して名古屋にある専門学校に通うことを決意。スポーツトレーナーはスポーツ選手に同行して怪我を処置したり、施術やトレーニング指導をしたりする職種で、柴田さんはその中でも医療分野に特化している「日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー」の資格を取得しました。

さらなるステップアップ、2つ目の専門学校へ

名古屋の専門学校を卒業した後は、愛知県内にある大手の整体院に就職しました。それと同時にさらに身体のケアの幅を広げるために、浜松にある専門学校に通って鍼灸師の勉強も開始。朝9時頃から浜松の学校で授業を2コマ受け、15時から夜まで整体院で働く生活を3年間続けていました。

業界内では医療関係の国家資格があった方がいいとのことで、スキルアップのために学校に通いました。いま振り返るとかなりハードな生活で、よく3年も続けられたなと思います。1年目が終わるころに独立を意識するようになったので、自分の気持ちを確かめながら通っていた感覚もありましたね。

一度就職したのちに2つの専門学校へ。周囲とは異なるキャリアを歩む中で不安はなかったのでしょうか。

自分が就職して地元の同級生が大学生活を楽しんでいた時は、そっちに行けば楽しかったかな……と思うこともありました。でも、自分のやりたいことが見つかってからはあまり比べないようになりました。一度社会人も経験して遠回りをしましたが、自分で選んだ道だからこそしっかり努力ができたなと感じています。

真剣な眼差しで話す柴田さん

お客さんに寄り添った施術をしたい、そして独立へ

柴田さんは整体院で働く中で、業界や会社のシステムに違和感を持つようになりました。接骨院や鍼灸院は大きいところほど売上を重視せざるを得ず、思うように技術が学べなかったり、「こういう人が来たらこのパッケージを提案する」というようにある程度メニューの型が決まっていたりしたため、自分がやりたいと思う施術をするには限界があったといいます。

最初は独立する気はなかったんですよ。でもお客さんひとりひとりに合った施術をしたいと思っていたし、技術を積んで信頼される施術者としてやっていきたくて。会社員のままでは難しいかもしれないと感じるようになりました。

新卒で経験が少なかったため、専門学校の先生にキャリアについて相談したことも。先生の紹介をきっかけに、いろんな働き方をする同業者の先輩たちとの出会いに恵まれました。

26歳で2つ目の専門学校を卒業し、恩師のもとで勉強させてもらうなど経験を積んでいった柴田さん。いよいよ独立を決意します。

会社と学校以外でお世話になっている人たちがいたのはラッキーだったと思います。自分のやりたいスタンスを確認することができて、開業も考えるようになりました。そこから1年ほど仕事を続けていましたが、気持ちが変わらなかったので独立することにしました。

QURUWAエリアを選んだ理由

柴田さんは以前から開業するなら地元の岡崎がいいと考えていたそうです。その中でもなぜQURUWAエリアだったのでしょうか。

実家は岡崎の北の方なんですが、康生のあたりにはずっと遊びに来ていたんですよ。セレクトショップの「Eins&Zwei(アインスアンドツヴァイ)」さんに通っていて、まちの雰囲気がすごくいいなと思っていました。当時は籠田公園がリニューアルされる前でお店もあまりなかったんですけど、人が歩いていてローカルだけど都会らしさもあって。次第にここでやろうかなと思うようになりました。

行きつけだった店のオーナー平山徹さんとは気軽に話せる関係性だったこともあり、同じQURUWAエリアで活動するstudio36一級建築士事務所の畑克敏さんやケルンデザインオフィスの岡田侑大さんを紹介してもらいました。のちにNURの店舗設計をstudio36が、ロゴデザインを岡田さんがそれぞれ担当することとなります。

開業してからは、通りすがりの人が気になって後日来院してくれることもあるそうで、人が多く歩いているQURUWAエリアならではの特徴だと話します。

studio36が設計した空間。床面積の半分はまちに開かれたスペースを目指し、
曲線ではりの尖った印象を柔らかく見せている
ケルンデザインオフィスの岡田さんが制作したロゴ。
洗練された雰囲気で鍼灸院の行きづらいイメージの払拭を目指す

難航した物件探しと開業までの不安

今では年々新しいお店がオープンしているこのエリア。物件はどのように探したのか尋ねてみました。

物件探しはけっこう大変でした。そもそも不動産情報が載っていないので、仕事が休みの日に歩いて探し回っていました。ここはいま使っていないなというところは見てわかるんですけど、大家さんがわからない。よく見たら隣の家と外壁がつながっていることもあって、勇気を出してピンポンして直接交渉したこともあります。同じエリアをうろうろしていたので、警察に声を掛けられたこともありました(笑)

2020年に岡崎に戻って訪問施術の仕事をしながら、同時並行で物件を歩いて探したり不動産屋のサイトを見たりと半年ほどかけて今の場所を見つけたそうです。いよいよ開業に向けて準備をしていく段階ですが、その時期はコロナの真っ只中で不安も大きかったといいます。

物件を借りた時にはコロナがこんなに尾を引くとは思っていませんでした。借入も決まっていたし、不安でしたが前を向いて進めていきました。

工事中の一場面。壁で待合いとプライベートな空間を分けている
(写真:柴田太貴さん)

いよいよ自分のお店をオープン、やりがいと葛藤

2021年7月、ついにNURがオープン。幅広い層の方に気軽に来てほしいとの思いから、メニューは素顔の美しさを保つ「美容鍼」と身体のメンテナンスを行う「はり治療」の2種類にしました。シンプルなメニュー設定ですが、お客さんの状態に合わせてマッサージやストレッチ、お灸などを組み合わせたオーダーメイドな施術も提供しています。特に美容鍼が30~40代の女性を中心に人気だそうで、今ではたくさんの人が行きつけとしてNURを利用しています。

僕の場合はまず運動に興味を持って勉強し始めて、美容とも繋がっていることが多いと感じていました。顔と身体のことなので決して別物ではないんですよね。どちらのメニューもまず問診表に希望や悩みを書いてもらって、そのうえでどんな施術がいいのかを提案させてもらっています。ありがたいことにお客さんのほとんどがリピーターの方ですね。

美容鍼の施術のようす。初めての方が多いので丁寧に声掛けをしているそう
(写真:村山写真事務所)

独立したことで自分のやりたかった施術や空間づくりができるようになった一方で、ひとりでお店を続ける大変さもあります。柴田さんは大変なことがあっても、お客さんからの何気ない感謝の言葉で前を向くことができるし、助けられているといいます。

最近は集客や情報発信に難しさを感じているそうで、葛藤をお話ししてくれました。

日本人で鍼灸を受けたことのある人は5%と言われています。まず初めての人にどう知ってもらうかが課題ですし、技術を極めて職人に近づくほど、お客さんとの距離が遠くなってしまうように感じています。SNSにはインパクトのある情報を載せて集客しているところもありますが、本当に正しい情報なのかわからないものも蔓延していて……。自分は嘘をつきたくないし正しい内容を発信していきたいんですが、そうなると目に止まりにくくマーケティング的にはマイナスになってしまいます。職人と経営者とのバランスが難しいところですね。

日常の一部として関われる施術者でありたい

こだわりをもってNURを運営されている柴田さんに、接客するときに心がけていることをお聞きしました。

身体に触れることになるので、まずは清潔感のある身なりや空間づくりを大事にしています。また、悩み事って初対面だと言いづらいじゃないですか。同じ「肩が痛い」という悩みでも、生活のどういう場面で困っているかを知ることで、よりいい施術ができるんですよね。そこをいかにお話してもらうかが大切なので、お客さんとのコミュニケーションは丁寧に取るよう心がけています。

柴田さんは髪が伸びたら切りに行くのと同じ感覚で、身体に痛みを感じたらメンテナンスに来てほしいと話します。特別な時だけでなく、普段の生活の一部としてお手伝いできることが理想だそうです。

問診と施術は奥のプライベートな空間で

自分の軸を大切に、次なるトライへ

NURのオープンから3年が経ち、これまで柴田さんは多くの方の悩みに寄り添ってきました。これからトライしてみたいことが4つあるそうで、考えていることを聞かせてもらいました。

1つ目は店舗に関すること。美容とスポーツを両方やってきた立場として、いずれNURで運動のできる空間と美容の施術ができる空間を併設できるといいなと考えているそうです。2つ目と3つ目は個人の活動として取り組みたいことで、スポーツトレーナーとしての活動を再開することと、専門学校で講師をすること。4つ目は、せっかくこの場所にあるからこそ、まちに開かれた鍼灸院にしていきたいと考えているそうです。

鍼灸って一見関わりづらい業界ですが、本来身体をケアすることは誰にとっても身近なことだと思います。学生時代に周りの先輩にお世話になったので、ご縁があれば自分もこれから学ぶ人たちに伝える活動をしていきたいですし、自分がまちのために何ができるのか、これからも考えながらお店を続けていけたらと考えています。

まちのことを意識するようになったのは、身近なQURUWAエリアにまちづくりの分野で活動されている人が多かったことから。施術のプロとしてまちの人として、やってみたい気持ちで溢れていました。

新たなことにチャレンジするとなると僕ひとりでは足りないので、今のうちに自分の手に余るくらい頑張らないとなと思っていて。横に広げるよりかは今あるものを大きく育てていくイメージです。しっかり施術者、技術者、職人としてやっていきたいので、そこはぶれないようにしていきたいですね。

柴田さんの話をお聞きして、誠実な人柄と確かな技術が多くのお客さんを惹きつけているのだと感じました。これからの活動にも注目です。

柴田太貴
岡崎市岩津町出身。高卒で就職後、スポーツトレーナーを志して専門学校へ入学。卒業後は豊橋へ。整体院で働きながら浜松の鍼灸専門学校に通い、陸上競技のトレーナーとしても活動。その後は岡崎に戻り、美容鍼を学びながら訪問施術を開始。2021年にNURをオープン。日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー、はり師/きゅう師、日本化粧品検定コスメコンシェルジュ。
https://nur-harispot-okazaki.studio.site/

執筆・撮影(特記なき場合):菅原春香(Okazaki Micro Hotel ANGLE)

公開日:2024.11.29