あの人のトライ:鰻屋 古今 加藤陽樹さん
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QURUWAで日々トライを続ける方々のお話を聞いていくシリーズ「あの人のトライ」。今回は、カフェから鰻屋へと転身し、和と洋、新旧の融合をコンセプトとした「鰻屋 古今(以下:古今)」のオーナー、加藤陽樹さんです。
和の雰囲気を感じられつつも現代的な空間デザインが織りなす店内で、ゆったりと鰻料理を楽しめる「古今」。開業から3年半、観光客など市外から足を運ぶ方だけでなく、地域の方にも徐々に浸透しつつあるお店の歩みと、加藤さんの思いを伺いました。

料理人の道から子ども服店、そしてカフェへ
「元々は家業の和食店で働いていました」と語る加藤さん。実家は岐阜県関市で50年以上続く老舗和食店だったといいます。
子どもの頃は特に手伝いをしていたわけではなかったんです。でも、両親が営む飲食業以外の職業はあまり身近ではなくて、なんとなく自分も料理の道に進むだろうなと思っていました。都会への憧れから大阪の調理専門学校に進学しました。
専門学校卒業後は名古屋の和食店で修行。その後、洋食店も経験し、20代で実家の和食店に戻ります。10年ほど実家で料理人として腕を振るっていた最中、2003年に人生の転機が訪れます。
娘が生まれたタイミングで、移住を考え始めました。小さなまちだったので、同級生になる女の子が誰も居なくて、これはかわいそうかなと思ったんです。飲食の道で長く経験を積んできたからこそ、新たに飲食店を始める大変さを身にしみて知っていました。当時、妻が娘用の服を見たり買ったりすることがすごく好きだったので、夫婦で子ども服のセレクトショップを始めると同時に実家を出ることを決めました。

移住先に選んだのは豊田市。アパレルメーカーや他の店舗との立地の兼ね合いから、この地を選んで暮らすようになります。店舗を同市に構え、昼は店頭に立ち、夜はECサイトを管理する忙しい日々を送りました。
しかし、10年ほど経った頃、子ども服の販売だけでは事業に限界を感じるように。また、娘も成長して手が離れてきたことから、新たな挑戦を考え、飲食の世界に戻る決断をしました。この時点で実家の和食店はすでに閉業しており、新たな飲食店を一から始める道を選んだのです。
これまでの経験から、多品目を扱う飲食店はひとりで切り盛りするにはハードルが高いと感じていました。そこで主にワンプレートでの提供ができるカフェの業態を選び、2017年に「cafe cachette(カシェット)」を始めました。

開業の地に選んだのは、岡崎市の稲熊町。子ども服店の経験から、岡崎市のお客さんは購買意欲が高い印象があったこと、そして「カフェ激戦区」と呼ばれるほどカフェ文化が根付いているこの地なら、需要と競合のバランスが良いのではないかと考えたそうです。
また、この地域特有の条件として駐車場の有無も重要な要素でした。加藤さん自身もお客さんの立場として駐車場があるかどうかをお店選びで重視されるそうで、家賃や立地に納得ができ、駐車場も確保できる物件との出会いが、この地での開業を決める大きな要因となりました。
カフェから鰻屋への転身
カフェを始める以前から、いつか鰻屋をやりたいと考えていたと振り返る加藤さん。カフェビジネスだけでは売上に限界を感じ、2018年頃から鰻屋開業に向けて動き出しました。
一食何千円もする、価格が高騰した鰻に挑戦することへの不安はありました。でも、実家の和食店で鰻を提供していた経験があったのも、鰻屋を選んだ理由のひとつです。小鉢など多品目を用意する一般的な和食店の大変さや、従業員を雇う責任の重さを知っていたからこそ、ひとりでも調理ができる鰻屋に惹かれました。
カフェを営みながら、鰻屋の準備を進めて開店。しかし、2店舗を同時に進めていくことの難しさに直面します。
カフェは任せられる人がいればそのまま続けたかったんですが、そこにはやはり限界がありました。苦しい気持ちもありましたが、2023年4月にカフェを閉店し、「古今」に全力を注ぐことにしました。

物件選びで重視したのは「駐車場」
QURUWAエリアの特徴として、個人店が専用駐車場を持たない、あるいは駐車場があっても停められる台数が少ない店舗が多いことが挙げられます。歩いて楽しい、ウォーカブルなまちづくりを進めているため、徒歩での来店に慣れている方も多く、コインパーキングも点在しています。しかし加藤さんは、カフェオープン時と同じく「やはり十分な専用駐車場がなければ、お客様の来店ハードルが上がってしまう」と考えていました。
鰻屋のオープンを考え始めた時期から不動産情報をこまめにチェックし、エリアにはこだわらず複数の物件を候補に挙げていました。しかし、煙や匂いの問題によって、用途制限で鰻屋ができない場所も少なくありませんでした。
そして、いくつもの物件を見た末に、現在の場所と出会います。元々和食屋だったこの物件は、駐車場があり、中心地にも近く、この広さの物件としては家賃のバランスも良かったといいます。

「新旧の融合」店名と空間への思い
店名の「古今」は、加藤さんがご夫婦で手がけていた子ども服店の店名「cocon(フランス語で繭)」から着想を得たもの。その響きを漢字に置き換え、新旧を組み合わせるという店のコンセプトとも合う「古今」という名前が生まれました。
加藤さん自身、様々な飲食店を巡る中で「新旧」や「和と洋」が調和した空間に惹かれることが多かったといいます。見聞きした中で培った感覚をもとに、店舗の構想を始めました。
店内は日本家屋のような設えの中に、加藤さんご夫婦がセレクトしたアンティーク家具を配置、そして入り口付近には「松の舎」さんの植栽も。伝統的な鰻屋とは異なる、モダンな空間が広がっています。
鰻屋だからこうでなければいけない、という固定観念は持たないようにしました。お店で一番長い時間を過ごすのは僕なので、自分が良いと思える空間をつくりたかったんです。

そして何よりも特徴的なのは、ゆったりとした余白のあるスペース。空間づくりに込めた思いをこう語ります。
席をたくさんつくれば回転率は上がるかもしれません。でも少人数で切り盛りするには限界がある。それに、僕は隣の人との距離が近い飲食店は少し落ち着かないので、隣との距離感が心地よい鰻屋を目指しました。

この空間の魅力は、家具やそれらの配置によるものだけでなく、基本設計自体にも表れています。その設計はどのように実現したのでしょうか?
「飲食店を巡ることが好きなんです」と語る加藤さんは、同じくQURUWAエリアにある「at the table est 2015」や「小料理屋écumer」の内装に惹かれ、それらを手がけた建築家の方にお願いしたところ、引き受けていただけることになりました。
しかし、準備を進めていた最中にその建築家さんが急逝。別の方に引き継いでもらうことになりましたが、最初の建築家さんの姿勢が加藤さんの心に強く残りました。
「お店の前半分ができたら、もう営業を始めて」と言われていました。営業している様子を見ながら空間をつくっていく想定だったそうです。そんな方法もありなのかと最初こそ驚きはありましたが、その思いを引き継いで、半分が完成したタイミングの2021年7月にオープンさせ、小さな規模から運営を始めました。

コロナ禍の開業となりましたが、国内旅行の代金の一部を国が負担する「Go To トラベル」キャンペーンの恩恵もあり、スタート当初は観光客を中心に知られるようになりました。現在は、徐々に地元の常連も増え、従来の鰻屋では少ない若い世代の来店が多いといいます。
大学生のお客さまや、女性のお客さまが多いんです。インスタグラムを通した自然な口コミでの広がりが大きいかなと感じています。高価な鰻を選んでくださる若いお客様の存在は、本当にありがたく思います。
伝統と革新の調和
メニューは、鰻丼、ひつまぶし、白焼・長焼の定食、一品料理を揃え、備長炭で焼き上げられた鰻は表面はパリッと香ばしく、中はふっくらと仕上げられています。
一般的な鰻屋では珍しい、ひつまぶしだけでなく鰻丼にもネギやわさびなどの薬味が添えられるため、味の変化を楽しみながらも、さっぱりといただくことができます。また、器は瀬戸市の「マルミツ陶器」を使用しており、ここにも加藤さんのこだわりが見られます。

メニューの中で意外性があるのは、エルダーフラワーのドリンクやタカナシミルクのアイスクリームなどカフェメニューも用意されていること。加藤さんのカフェ経営の経験が活かされています。
一般的な鰻屋みたいに、食べ終わったら帰るんじゃなくて、一呼吸おいてもらえるような空間にしたかった。カフェのようにゆったりと過ごしていただきたいんです。

今後の展望と課題
お店の立地選びで重視した駐車場についても、実際に営業してみて見えてきた課題があります。
駐車場は、古今の2階を利用している事業者と共用なので満車になってしまうこともよくあります。遠方から旅行で来られた方や市内から運転して来店してくださったお客さまをコインパーキングに案内するときは、心苦しいですね。駐車スペースの確保は引き続き課題です。
QURUWAエリアならではの立地条件の難しさを実感する日々だといいます。
お店の場所が少し分かりにくいという声も時折あるようで、控えめな外観の良さを保ちながらも、視認性を高めるなど、細かな改善を重ねていきたいと語る加藤さん。
また、QURUWAエリアは昼間こそ人の往来が多いものの、夜は静けさが目立ちます。「この通りがもっと活気づけば」という思いを込めて、これからも昼夜ともに営業を続けていきます。
この先、この店をちゃんと全うできればいいかなと。地域の方々にもっと知っていただける場所になったらいいなと思っています。

加藤陽樹
岐阜県出身、鰻屋 古今オーナー。名古屋の調理専門学校卒業後、和食店での修業を経て洋食の世界も経験。20代で実家の和食店に戻り、10年ほど料理人として腕を振るう。その後、豊田市に移住し、妻と共に子ども服のセレクトショップを経営。2017年、岡崎市にカフェ「cachette(カシェット)」をオープン。カフェ経営の経験を活かし、和と洋の融合をコンセプトにした鰻屋「古今」を2021年7月に開業。従来の鰻屋の枠を超えた新しい価値を提案し続けている。
古今の営業情報は、Instagramをご覧ください。@unagicocon
取材・撮影(特記なきもの):飯田圭
執筆:平良涼花
Okazaki Micro Hotel ANGLE
公開日:2025.03.03