あの人のトライ:CC 梅村樹さん
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愛知県岡崎市の「変わるまちなか」QURUWAエリアで、日々トライを続ける方々のお話を聞いていくシリーズ「あの人のトライ」。今回登場いただいたのは、studio36一級建築士事務所(以下:studio36)で働きながら、東岡崎駅すぐ近くに「CC」という文化センターを立ち上げた梅村樹さんです。
1994年に市内で生まれ、豊橋技術科学大学大学院修士課程修了後、東京の設計事務所を経て、2021年に地元岡崎にUターン。学生時代に参加したまちづくりプロジェクト「岡崎デザインシャレット」をきっかけにQURUWAエリアに関わり始め、今では建築家として、そして場づくりの実践者として、まちの変化の当事者であり続けています。
これからの岡崎のまちの未来を見据えながら、若きプレイヤーとして活動する梅村さんに、まちで働きながら個人のプロジェクトを立ち上げるに至った経緯を伺いました。
聞き手は、同じくQURUWAエリアにあるOkazaki Micro Hotel ANGLEの平良涼花がつとめました。

岡崎で育った少年時代と
建築との出会い
——梅村さん、今日はよろしくお願いします。まずは生い立ちから教えてください。
1994年に岡崎市で生まれて、小中高とずっと市内で過ごしました。
シャイな性格で、母親がいるところでは、ずっと背中に隠れているような子でした。でも、学校で友達と過ごしているときは「目立ちたい」と思っていて、リーダーを任されることもありましたね。
ただ、中学生になって思春期を迎えたときに、人前で話すことがもっと気恥ずかしくなってしまって。今でも自分のことはシャイだと思っています(笑)。

——進路はどのように決めたのでしょうか?
高校に入学した直後は、 母子家庭ということもあり、卒業したらすぐに働こうかなと漠然と考えていました。
でも、1年生のときの担任の先生が、「自分で自分のレッテルを貼るな。大学に行きたければ行ってもいいんだ」と言ってくださって。三者面談で先生から母親にもそう話してくれました。
それをきっかけに、僕も母親も大学進学を考えるようになりました。あの先生に出会っていなかったら、今とは全く違う人生だったと思います。
——建築に興味を持つきっかけは何でしたか?
建築を志した理由はいくつかありますが、きっかけのひとつは東日本大震災です。
震災当時、高校2年生だった僕は、津波の惨状に衝撃を受ける一方で、復興に挑む人々の姿をテレビ越しに見ていました。特に心を打たれたのは、建築家による避難所の集会所プロジェクトです。住民と対話しながら「場」を築き上げていく光景に感動し、建築に興味を持ち始めるようになりました。
——では、その頃から一直線に建築の道へ?
いえ、同時期ぐらいに、アニメ「宇宙兄弟」が同級生の間で話題になり、ロケットへの憧れも強くありました。宇宙飛行士になるのではなく、自分の手でロケットをつくってみたいという思いが強かったです。
—— どちらを選ぶか、迷いがあったのですね。
大学に進学してからも、絞ることができずにいました。
通っていた豊橋技術科学大学は、理系専門の大学で工学部のみなんです。1年生のうちに機械、電気、情報、化学、建築という5つのコース全ての授業を受けてから進む課程を決めるのですが、建築の授業が一番楽しかった。それが決め手となって、最終的に建築の道を選ぶことにしました。

岡崎デザインシャレットとの出会い
変化するまちの当事者へ
——大学生時代から岡崎のまちづくりに関わるようになったきっかけは何でしたか?
2015年、大学3年生のときに、尊敬する建築家のひとりである藤村龍至さんの講演会が学内でありました。どうしても参加したくて授業を休んで行ったのですが、そこで「岡崎デザインシャレット(以下:シャレット)」の告知があり、「なんとなく、これは参加しておかないといけないな」と思い、すぐに申し込みました。
——「岡崎デザインシャレット」とは、何ですか?
建築関係の大学生が岡崎に約2週間集まって、市民や専門家の意見を聞きながら、乙川周辺のまちづくりについて提案をまとめていく短期集中型のワークショップです。
当時は、現在の中央緑道と太陽の城跡地の利活用という2つの課題がテーマでした。複数のグループに分かれて提案を練り、途中と最後に市民投票をおこなったり、図書館交流プラザりぶらや市役所にて巡回展をしました。「QURUWA」という名前がまだない時代から、このエリアのまちづくりに参加していたことになりますね。

——それが、まちに関わり続けたいと思うきっかけになったのでしょうか。
そうです。「岡崎は、休日に遊びに行くところがイオンぐらいしかないな」と、当時は少しもやもやしていたんです。
でも、シャレットに参加してから、これから様々なプロジェクトが動き出して、まちがどんどん変わっていくかもしれないという期待感が持てるようになりました。
「その変化の中に自分も当事者としていたい」と思い、声をかけていただいた「岡崎まち育てセンター・りた(以下:りた)」でバイトを始めることにしました。それをきっかけに色んな人に出会い、岡崎のまちが好きになっていきましたね。
——りたでは、どんな活動をされていたんですか?
QURUWAシンポジウムの会場設営や巡回展の展示設営、中央緑道や桜城橋の名称募集の際に集まった約8,000もの回答を何人かで手分けして手作業でエクセルに入力したり(笑)。
当時りたで働いていた山田高広さんや現在の代表の天野裕さん、のちにstudio36を立ち上げる畑克敏さん、クリエイティブユニット「檸檬」の下里杏奈さんや山田美法さんらと、まちに関わるいろんなことをしていました。

コロナ禍でのUターンと
2つの設計事務所を掛け持つ選択
——大学院卒業後は、どちらに就職されたんですか?
市内の設計事務所から内定をいただいていたんですけど、卒業1ヶ月前くらいに「都合で新卒採用ができなくなった」と先方から連絡があって。
——ええ、卒業目前の時期に。
でも不思議と焦りはなくて、「なんとかなるだろう」と思っていました。若さですかね。
論文を書き上げて無事に卒業し、4月に面接を受けて、東京の設計事務所へ入社することが決まりました。本当は地元に残るつもりでしたが、東京への憧れもあったので、上京することにしました。
——実際に働いてみて、いかがでしたか?
なんとなく5年はそこで働こうと思っていたんです。でも、2年目のタイミングでコロナ禍になりました。まちなかのお店は閉まって閑散としているし、仕事も落ち着いてしまって。
当時は「このまま東京にいて大丈夫かな?」という焦りを感じて色々考えていました。将来を考える中で、岡崎に戻ることにしました。
——岡崎へ戻るときは、studio36に入社することが決まっていたのでしょうか。
代表の畑さんとは、上京後も帰省するたびに一緒にご飯へ行く関係性が続いていて。「なにかあったら、いつでも連絡してね」と言ってくださっていたので、自分から連絡してみました。
当時のstudio36は、「Okazaki Micro Hotel ANGLE」や「美容室 ie」など、QURUWAエリアで設計を手がけた施設が少しずつオープンし始めた時期。それを見て、ここで働きたいなと思い、2021年に入社を決意しました。
でも、「週に3日はstudio36、週に2日はその他で」という勤務条件だったので、畑さんと共同でstudio36を設立した深澤創一さんが所属されていた「小林清文建築設計室」でも、週に2日働くことになりました。
——2つの設計事務所を掛け持つのは珍しいですよね。不安はありませんでしたか?
不安よりもわくわくの方が大きかったです。当時そんな働き方をしている人はほとんどいなかったので、説明してもみんな不思議そうな顔をしていましたけど(笑)。
もともと、2つのことを同時にやるのに抵抗がないのかもしれません。小学生時代は野球とサッカーを両立していましたし、大学時代も研究室の活動とりたのバイトを並行していましたから。

現場で手を動かす
設計士として
——studio36に入って、最初に取り組んだプロジェクトは何ですか?
入社翌日にいきなり打ち合わせがあって(笑)。QURUWAエリアにあるコワーキングスペース「Camping Office osoto Okazaki」の1階の本棚をつくるプロジェクトでした。 それを進めながら、美容針・鍼灸サロン「NUR HARI SPOT」と市内の美容室の実施設計、そしてDIY監理も担当することになりました。
——設計事務所の方がDIY作業までおこなうのは、よくあることなのでしょうか?
一般的ではないですね。どうしてDIYまでしちゃうんですかね(笑)。
当時は、施主の方たちが「自分たちで壁や床を塗りたい」とおっしゃっていたので、必要な道具を手配しているうちに、気づいたら自分も一緒に塗っていました。大工さんからは「あなたは設計士兼、塗装屋ですね」なんて言われることも。なんとなく自分たちで手を動かすことが当たり前の環境でした。
——小林清文建築設計室でのお仕事についても教えてください。
幼稚園や保育園、オフィスといった中小規模の新築物件の設計補助を主に担当しています。 実施図面を書いたり、3Dモデルを立ち上げたり、設計士としての基礎はここで学んでいます。
わかりやすく分けると、studio36で設計論を学び、小林清文建築設計室で実務を学ぶ。2つの場所で経験を積むことで、技術を身につけています。studio36に入社してから、市内では、パン屋やクラフトビール屋のある複合施設「NEKKO OKAZAKI」やジェラート屋やシェアキッチン、studio36の事務所もある「偶偶」、カフェ兼ショップ「esoteric」など、まちのお店や施設の設計を担当させてもらいました。

「ありうべき街」を妄想し、
組織のひとりから個人へ
——梅村さんは、「建築」という枠を超えて、活動の幅がどんどん広がっていった印象です。
そうですね。単体の建築よりもスケールの大きい「まち」そのものにも興味が出てきて、studio36が共同主催する「丘の途中のマーケット(以下:丘マー)」の運営に携わるようになりました。
丘マーは、「ありうべき街を妄想する」というテーマのもと、「このまちにこんなお店があったらいいな」という理想の風景を、籠田公園や中央緑道で仮設的につくり出すマーケットです。2021年に始まり、次回の開催で10回目を迎えます。
たとえまちに空き家があっても、その建物を活用する事業者に出会えるとは限りません。岡崎での出店を検討している事業者さんが、数日間限定でこのエリアに出店してみるなど、まちの可能性を肌で感じるための実験の場でもあります。

——梅村さんは、具体的にどのような役割を担っていたのですか?
会場のレイアウト設計から広報、設営、マネジメント全般まで幅広く担当しています。これまで広報の経験はなかったのですが、丘マーや出店者について知ってもらうため、他事例を参考にしながら手探りで学んでいます。
また、レイアウト設計を通して、場所と人のふるまいを肌で知ることができたことも大きな収穫でした。「ここにテーブルを置くと、こんな風に人が集まるんだ」とか、「ステージ付近にこう店を配置すると滞在しやすくなるのか」といった気づき。これは建物内のパブリックな空間を設計する上でも、役立っていると感じます。
——組織として「理想の街」を表現する経験を経て、活動のスタンスに変化はありましたか?
studio36で働いていると、あの人のトライでもよく名前が挙がる「畑克敏さんの相方」として見られることが多く、どうやってそのポジションから抜け出すかを考えるような時期もありました。
そんなときに、山で採れた農作物を偶偶で販売する「偶偶朝市(現:ikiki朝市)」を主催する野村依久子さんと小竹ひとみさんから「山のことをまちの人に伝えるイベントを、中央緑道で開催したい」と相談を受けました。
僕の「丘マー」での経験を頼ってくれたのですが、マーケットのノウハウをただ教えるだけの「作業」的な関わり方は、自分の性格的に嫌だったんです。おふたりの人柄に惹かれたこともあり、それならメンバーとして深く関わってみたいと思いました。そうして、「ikiki(山とまちを行き来する日)」というプロジェクトが始まりました。
組織に属して働く恵まれた環境に甘えるだけでなく、学べるものはすべて吸収したい。studio36の名前を借りず、一人の個人として一歩踏み出すきっかけになったのが、このikikiでした。

CC始動、駅前に新しい文化を
——2025年12月、CCをオープンされましたよね。この場所について教えてください。
この建物はもともと祖父の家で、空き家になっていたんです。一度はとある会社の事務所に、という話もありましたが、東岡崎駅前という「まちの玄関口」にある建物が、閉じた事務所になってしまうのはもったいないと感じて。親戚に「僕が住みます」と伝えて、家を借りることになりました。
——CCは、どんな場所ですか?
「CC」は、文化センターだと考えています。1階にはコーヒースタンド併設のギャラリー。2〜4階には、アーティスト・イン・レジデンスを兼ねたルームシェアと僕の住居があります。飲食店中心の駅前エリアに、朝から場所を開き、文化を育む拠点にしていきたいと考えています。

——「CC」という名前の由来は何ですか?
最初は「Central City Cultural Center(中心都市にある文化センター)」で「CCCC」にしていたんです。でも、4つ並ぶと自分でも何回言ったかわからなくなっちゃって(笑)。呼びやすく「CC」にしました。
——物件を譲り受けてから、どのようにプロジェクトを動かしていったのですか?
実は、「住みます」と言ってから1年くらいは何も手をつけていなかったんです。住み始めるまで家賃は要らないと言われた分、焦りがなくて。
でも「これはやばい」と思い直し、まずは図面を引いて、自分の暮らしを想像することから始めました。 駅前なのに服や本を買う場所がなくなってしまったこのエリアで、どうすれば楽しく暮らしていけるのか。自分の好きなことを軸に、どんな場所にしていこうかと。

——そうして生まれたのが、現在の「CC」なのですね。
はい。日本政策金融公庫で融資を受け、床の張り替えや風呂場などの水回りといった設備更新、塗装などの改修をおこないました。
また、市役所の中川さんにお誘いいただいて「事業版リノベーションスクール」に参加したのも大きかったです。定期的にプレゼンをする機会があったおかげで、半ば強制的に決断を重ね、走り始めることができました。参加してよかったと思っています。
——オープン以来、毎朝1階でコーヒースタンドを営業されていますよね。実際に始めてみて、いかがですか?
楽しいです。毎朝7時から営業していますが、ワクワクがずっと続いています。
コーヒースタンドを始めるきっかけは、ご近所のおばあちゃんから「コーヒーが好きだ」という話を聞いたことでした。 以前はこのエリアに喫茶店が10軒近くあったそうですが、今はほとんどが夜の居酒屋になっています。朝や昼にふらっと寄れる店が少ないのは寂しい。かつての喫茶店文化をヒントに、まずは朝の2時間だけ開けてみることにしました。
——なぜ「毎日」開けることにこだわっているのでしょうか。
「毎日あそこでコーヒーを出している変な人」と思われたかったんです(笑)。コーヒー屋になりたいわけではないので。自分のできる範囲で毎朝トライすることで、何かおもしろいことが起きたらいいなと。これからも続けていくつもりです。

これからの展望
駅前に「余白」を、まちに「気づき」を
——これから、この場所では具体的にどんなことを仕掛けていきたいですか?
アーティストや企画者など、「考えて形にする人」との交流を増やしていきたいです。3月からは、大学時代の同級生でもある写真家の「Asuto Noda」さんが、CCのある明大寺本町に焦点を当てた写真展を開催します。

僕一人でできることは限られています。だからこそ、ここを起点に「本や音楽に触れられる場所」「作品を制作できる場所」など、まちにあったらいいなと思う文化的なものが増えていくきっかけをつくりたいです。
——そうした活動を通じて、CCが街の中で「どんな存在」になっていくのが理想でしょうか。
まだ悩んでいる途中ではあるのですが……。
これまでは「人と人とが関わり合うこと」が社会的な活動として当たり前に成立していましたが、近年はもっと個人単位の活動に切り替わってきている気がするんです。それ自体はいいことでもあると思うのですが、合理性を重視しすぎるあまり、人と人とが関わる「日常的な余白」が失われているようにも感じていて。
豊かな文化は、きっとそういう余白から生まれると思うんです。だから、まちをただの「通勤ルート」として通り過ぎるだけの場所にせず、僕が毎朝そこに立って挨拶をしてみると、「挨拶を交わす人がいる通り」というようにまちの見方が変わっていくかもしれません。
日常生活の中でふと立ち止まったり、小さな気づきを得たり。そんなきっかけを、この場所からつくっていけたら嬉しいですね。

——なるほど。まちを平面的に見るのではなく、この場所をきっかけに多面的に見れるようになると、まちへの意識や過ごし方が変わっていきますよね。ちなみになんですが、独立についてはどう考えていますか?
岡崎に戻ってきたときは、いつか自分の事務所を構えて独立したいという願望がありました。
でも、今は独立そのものがゴールではないなと感じています。studio36で本業である設計の力を蓄えつつ、CCで自分の実験を形にしていく。「どちらも自由にやらせてもらえる環境」こそが、今の自分には合っているなと。複数の活動が地続きになっていることが、今後当たり前になっていくんじゃないかと考えています。なので、その事例のひとつになれたらいいですね。
——梅村さん、そしてCCがこれから岡崎の中でどんな風に発展していくのか、とても楽しみです。今日はありがとうございました。
ありがとうございました。

梅村樹
1994年愛知県岡崎市生まれ。豊橋技術科学大学大学院修士課程修了(建築学)。学部時代に行われた学生WS「岡崎デザインシャレット」に参加したことをきっかけに岡崎のまちづくりに関わる。大学院修了後、東京の設計事務所勤務を経て、2021年に地元岡崎にUターンし、studio36スタッフ/小林清文建築設計室非常勤スタッフとなる。2025年から東岡崎駅の駅前で元住居を改装し「CC」という文化センターを運営しながら、明大寺本町副総代として町内会の活動にも関わる。
<CC>
Instagram:https://www.instagram.com/cccc_okazaki_/
<studio36一級建築士事務所>
web:https://studio36.jp/
撮影(特記なき場合):Okazaki Micro Hotel ANGLE
取材・執筆:平良涼花
平良涼花 / Okazaki Micro Hotel ANGLE マネージャー
2002年生まれ、岡崎市出身。国内を転々とする多拠点生活を経て、地元岡崎市に根付く事業に取り組むため2021年からアングルスタッフに。アングルのコンセプトである「暮らし感光(観光)」をテーマに、イベント企画・運営や広報などを担う。
公開日:2026.02.28

