あの人のトライ:シェア型私設図書館&ワークショップスペース MAYU 北川智美さん
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QURUWAで日々トライを続ける方々のお話を聞いていくシリーズ「あの人のトライ」。今回登場していただくのは、「シェア型私設図書館&ワークショップスペース MAYU(以下:MAYU)」の館長である、北川智美さんです。
シェア型私設図書館とは、個人が蔵書を持ち寄り共同で運営する図書館のこと。MAYUでは、本棚を小さく区切ってその一つひとつを「本棚オーナー」がレイアウトし、利用者は自由に本を借りることができます。
また、館内中央のフリースペースにて月に数回、ワークショップや読書会なども開催。図書館の役割に留まらない、地域の学びと交流を育む文化拠点となっています。
岡崎で生まれ育ち、子どもを育てる主婦としてこのまちに暮らしていた智美さん。どのような思いが「シェア型私設図書館」へのトライへと導いたのでしょうか。智美さんにお話を伺ってきました。
はじまりは、学びのスイッチ
MAYUがあるのは、城門通りにある築50年の建物の2階。南200mには図書館交流プラザ りぶら(以下:りぶら)、北100mには子どもの本の専門店ちいさいおうちがあり、本にまつわる施設が点在するエリアの中心にて、2024年2月にオープンしました。
MAYUの誕生。その源流をたどると、智美さんの中で「学びのスイッチ」がオンになった2つの出来事にたどり着きます。
1つ目は、2009年頃、子どもが保育園に通っていた当時のこと。
子どもを連れてキャンプに行ったときに、木漏れ日や風に揺れる木々、力尽きるまで全力で遊ぶ子どもたちの姿を見て、はっとしたんです。「日常の美しさ」を見落としているなと。「まだ目を向けられていない、おもしろいことがたくさんあるのかも」と、探究心が芽生えました。
それまでは家事・育児をこなしながら忙しない日々を繰り返していた智美さんですが、この日をきっかけに、心の機微に向き合えるような「好きな時間の過ごし方」を毎日のルーティンとして取り入れるようになります。
特に、読書の時間は意識的に取るようにしているそうで、その理由をこう語ります。
子どもに絵本を読み聞かせるようになって、読書が好きだったことを思い出しました。本を読むと、「自分の中に他者が増えていく感覚」があるんです。感じていることが上手く言語化されていると嬉しくなるし、行ったことのないところにも実際に旅をしたような気分になれるから楽しい。
2つ目は、コロナ禍がもたらした予期せぬ学びの機会でした。
コロナ禍以前、ほとんどが対面形式で実施されていた勉強会やワークショップ。都内で開催されるコンテンツに興味があったとしても、子どもの習い事の送迎や往復分の交通費など、時間・場所・お金の制限から諦めざるを得ない日々。
しかし、感染対策のためにそれらがオンライン上で開催されるようになったことで、気軽に参加できるように。普段の生活圏では出会えなかったような多様な背景を持つ人々との交流や、新しい視点や考え方に触れる機会に簡単にアクセスできるようになりました。
そこで、智美さんの知的好奇心はさらに膨らんでいきます。
自分のための学びから、他者と共有する学びに
大学卒業後にメーカー等に勤務したのち、2011年頃から主婦業に専念していた智美さんは、「これまでとは違う働き方がしてみたい」という思いから、オンライン上の対話サービスのスタッフとして働き始めます。そのサービスでは、相手との対話を重ねながら、じっくりと話を聞いて思考を整理し、感じていることを言語化できるようにサポートをするものでした。
相手の思考や心情が変化していく姿を見て「人ってこんなに変わるんだ!」と、感銘を受け、相手の変容を見て自身も気づきを得る、双方向的な学びのおもしろさに段々と惹かれていきました。
そして、オンライン上に溢れている、他者と学びを共有する機会を自分の暮らしにも落とし込めないだろうかと考えるように。
同時期に、コロナ収束の兆しが見え始めます。
スモールステップで前へ
本や対話などをキーワードに、「こんなことやってみたい」を周囲に話すようになった智美さん。自分のルールとして、小規模なことから取り組む「スモールステップ」を意識しているそうで、「信頼している人に自分の興味を話してみること」がはじめの一歩でした。
その傍らで、全国の本にまつわる施設にも足を運ぶように。
そこで出会ったのが、静岡県焼津市にある「みんなの図書館さんかく(以下:さんかく)」です。さんかくを運営する土肥潤也(どい じゅんや)さんが発案した、私設図書館での「一箱本棚オーナー制度」を見て、「これだ!」と思ったそうです。
その名の通り、さんかくでは⾃分だけの本棚を持つことができるオーナー制度があり、オーナーは自由に本の入れ替えや飾り付けをすることができます。
この制度を目の当たりにした当時の心境をこう振り返ります。
オーナーの皆さんの創造力がぎゅっと詰まっている本棚を眺めていると、その方の頭の中を覗いているような、人生を垣間見ているような気分になります。知らない人同士が、本棚を介してゆるやかに繋がっていく。「他者と学びを共有する」自分のやりたいことに重なる部分がたくさんあって、目指したい形の輪郭がはっきりとしました。
不安と期待の狭間で
学びのスイッチが押されて以来、ここまで着実に歩みを進めているように見える智美さんですが、大きな不安も抱えていました。それは、私設図書館の一箱本棚オーナー制度が、まだ世間に馴染みがなく、受け入れられるかどうかという懸念でした。
「おもしろさがわからない」と一蹴されたこともあって。でも、本や対話が好きな人は、「いいね!」と興味を持ってくれたんです。こういう人が少しでも集まれば成り立っていくかもしれない。バイトを掛け持ちしながらでもいいから、細々とやっていこうと決めました。
スモールステップの2歩目として選んだのは、空の本棚を持ち歩いて、いろんな人に本を並べてもらうこと。「奇行ですよね(笑)」と、恥ずかしがりながら話す智美さん。しかし、この行脚のおかげで、実現したい場のイメージがより具体的になったと振り返ります。
私の好きな人たちはどんな本を並べるんだろう、本が並んだときにどんな対話が生まれるんだろうと、気になっていたことを体験してみたくて。そうしたら、やっぱりおもしろかった。こうやって積み重なった経験が「大丈夫だ」という気持ちにさせてくれました。
さらに、オーナーさんが月額料金を支払って一箱本棚を利用できる制度にすることで、収入の予測が立てやすいビジネスモデルであることも、事業を始めるにあたっての心理的なハードルをグッと下げたのです。
不安と期待が交錯したのち、智美さんの思いはより強固なものになっていきました。
QURUWAエリアへの思い
物件を1年探し続け、家賃・立地・面積が好条件な現在の場所にたどり着きます。その経緯は、まさに運命的な出会いでした。
定期的に通っているりぶらからの帰宅途中、智美さんはふと目にした物件に魅力を感じます。1階は閉業した飲食店、2階の利用状況は不明でしたが、なんとなく「いい物件だな」と直感が働いたのです。
そんな矢先、1階のシャッターがガラガラと開く音が。チャンスとばかりに「この物件が気になるんです」と声をかけたその方は1階を借りている方で、「大家さんはそこにいるよ」と教えてもらいます。すぐさま2階の空き状況を尋ねると、「借りられますよ」との返事が。まるで待っていたかのようなスピードでした。
さらに幸運なことに、大家さんも本好きだったことが判明。智美さんの構想に共感し、開業準備を応援してくれることになったのです。
QURUWAエリアで出店したいという思いが強かったそうで、特にMAYUのある地区は「暮らし」が近いことが1番の決め手だったと、智美さんは語ります。
岡崎城や図書館など、歴史や文化がすぐそばにある。この落ち着いた雰囲気が本との相性が良いと感じました。
また、QURUWA戦略が提唱している「ウォーカブル(歩きたくなる)なまち」という考えに、とても共感しているそうで、利用者の皆さんにMAYUに歩いてきてほしいという願いがあります。
私自身、散歩をするとアイデアが閃くんです。散歩しながら考えを巡らせ、MAYUに立ち寄る。本を手に取り、誰かと対話する。そんな日常の中で、新しい発見や創造が生まれていくんじゃないかと思うんです。
みんなでつくる私設図書館
好条件な物件に巡り合えたものの、建物は築50年。そのまま使える状況ではなかったため、床のペンキ塗りなど、できる限りのDIYをおこなうことにしました。
SNSでお手伝いを呼びかけたら、私設図書館に興味がある方、店舗ができあがっていく過程に興味がある方など、たくさんの方が駆けつけてくれました。でも、色を塗ってみると吸い込みがイメージ通りではないこともあって、試行錯誤の日々でした。
DIYに没頭する一方で、智美さんには妥協したくないことがありました。それは、この空間でリラックスして過ごしてもらうための、手が触れる箇所の質感です。そこで、伝馬通りに店舗を構える、オリジナル家具を製作するCARAVAN FURNITUREさんにて、本棚・受付棚をオーダーメイドし、机や椅子なども取り揃えました。
また、さんかくを皮切りに、全国で私設図書館の開設が増加している昨今。同志の方々がクラウドファンディングで思いや経緯を綴り、共感してくれる人を募っているのを見て、智美さん自身も励まされていたそうです。
「思いを整理するために、MAYUや私自身のことを書いてみよう」と考えた智美さん。それらのページを手本にしながら文章を書き進めていくうちに、「このページ公開してもいいんじゃない?」と知人に背中を押され、当初の予定にはなかったクラウドファウンディングに挑戦することに。
結果、目標金額が集まり、見事に達成。貯金のみから開業資金を用意するつもりでしたが、思わぬ支援が得られました。また、返礼品として「本棚オーナーになれるプラン」を用意したことで、本棚には、支援者の思いとともに、色とりどりの本の背表紙が並んでいきました。
こうして、多くの人々の支援と参加によって、私設図書館が形になっていったのです。
MAYUで広がる対話と創造
2024年2月、いよいよオープン。MAYUの由来は「繭玉」にあり、「安心・安全な場所で、それぞれが色とりどりの糸を編んで、創造性を紬いでほしい」という思いが込められています。
また、本好きな人だけでなく、多様な興味を持つ方々にも足を運んでもらえるよう、「ワークショップスペース」も店名に加えました。ワークショップやイベントに参加したことがきっかけで、新しい本・知識・経験との出会いがある場所を目指しています。
智美さんにお話を伺っている間も、性別・年代を問わず様々な方が入れ替わり立ち替わり訪れていました。「今、こんな分野の本を探していて」と、相談する若い男性、子どもに絵本を読み聞かせるパパ、アロマのワークショップを開催するママたち。
本に囲まれた空間でそれぞれが思い思いに過ごし、偶発的に生まれていく対話と創造によって、心地よい時間を共有しています。
MAYUの営業日は、毎週土・日・月・火曜日。家事や育児と両立するためにこの日程にしているそうです。
週末は、子どもが部活動などで外出していることが多いので、その間に私はここを開けています。旦那さんも子どもも、私のやりたいことをそっと見守ってくれています。
また、智美さんは「無理をしない」をモットーに掲げているそうです。
自分の許容範囲を設定して、それをはみ出るような無理なチャレンジはしない。私自身の心身のためでもありますし、場をつくり、場を守っていくうえで1番大事なことかなと思っています。
MAYUのこれから
最後に、MAYUと智美さん個人が描いている未来のことをお聞きしました。
読書会や継続的なグループ対話が、もっとこのまちにとってカジュアルなものになってほしいと思っています。今、イベントとしてやっていることが、皆さんにとって入り口になったらいいなと。
あとは……。私、もっといろんなことを知りたいんです! 知的好奇心がやっぱり尽きないですね。情報を得るだけでなく、自分で足を運んでこの目で見たいものがたくさんあります。
MAYUは、智美さんの尽きることのない好奇心とまちの人々の思いが交差する場所。これからもまちの新しい文化拠点として、たくさんの人々の学びと創造を支えていくことでしょう。
北川智美
愛知県岡崎市生まれ。「私設図書館&ワークショップスペースMAYU」館長。
本棚には本棚オーナーが選書した本が置かれ、利用者は自由に借りることができるシステムを導入した私設図書館を2024年2月3日に開館。
コロナ禍での学びや内省を通して、「場」「対話」「本」の可能性に興味を持つ。カフェ的な心地よさのある読書環境で偶然の出会いや新しい扉が開く場所を日常の生活の中に提供している。本棚オーナーさんや来館者さんなど、緩やかで多様な関わりから生まれるワークショップも随時開催しています。
https://mayu-rlibrary.com/
執筆・撮影(特記なき場合):平良涼花(Okazaki Micro Hotel ANGLE)
公開日:2024.10.31