岡崎の変わるまちなか「QURUWA」と何する?

あの人のトライ:株式会社ゼンショー電設・加藤隆人さん

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愛知県岡崎市の「変わるまちなか」QURUWAエリアで日々トライを続ける方々のお話を聞いていくシリーズ「あの人のトライ」。今回登場していただくのは、株式会社ゼンショー電設(以降:ゼンショー)代表取締役の加藤隆人さんです。

電気工事事業を主としながら、ShopBot(ショップボット=コンピューターで作成した設計データをもとに、木材やプラスチックを自動で切削・加工するデジタル木工機械)を中山間地域に設置し拠点をつくり、まちづくりと森づくり、ふたつの領域を行き来しながら活動を続けています。

2018年、QURUWAの籠田公園・中央緑道の電気工事をきっかけにまちづくりへの関心を深め、幼少期から培われた「なんで?」という探究心と、人と人とのつながりを大切にする姿勢で、地域に根ざした事業を展開しています。

今回は、QURUWAエリアから車で30分、豊かな山々に囲まれた毛呂(けろ)町の拠点に向かい、お話をうかがいました。聞き手は、「Okazaki Micro Hotel ANGLE(以降:アングル)」の平良涼花がつとめました。

加藤さんが幼少期を過ごした、毛呂町の拠点にて

山の中で育った幼少期

—— まずは生い立ちから教えてください。加藤さんは岡崎育ちですよね。

1996年に市内で生まれて、3歳のときに祖父母の家がある毛呂町に来ました。そこからずっと山の中で育ちましたね。犬について裏山に入って4キロくらい歩いたり、竹で筒をつくってロケット花火を打ったりとか。山の中で育ったからこそ、自分で遊びをつくり出す力には相当な自信があります。

—— 幼い頃から探究心が旺盛だったんですね。

それは両親の離婚がきっかけです。「どうして僕には母親がいないんだろう?」ってずっと考えていて。やることなすことすべて「なんで?なんで?」って考える癖がつきました。これは、今事業をおこなう上でも通じています。

—— 昔は相当荒れていたとお聞きしました。

そうなんです(笑)。だけど、中学でいい先生に出会ったんです。クラスで1年間かけて「加藤隆人をどうやって立て直すか」っていう問題を考えてくれて。それで少しずつ変わっていきました。

—— でも高校は3ヶ月で辞めてしまった。

高校の先生はドライでギャップがあって、やめようかなって。あと、単純にお金を稼ぎたかった。退学したのち、溶接会社に入社しました。

電気工事との出会い、
そしてまちづくりへ

—— その後、電気工事の仕事へ?

2012年、親戚からの紹介で「株式会社戸松電気工業所(以降:戸松電気)」で働くことになりました。当時は少人数のちいさな会社で、そこで初めて「感謝される」っていうことがわかったんです。

—— どういうことですか?

人生で「ありがとう」って言われる数って、それまでそんなになかったんですよ。怒られることがほとんどだったから(笑)。ありがとうと言われる、必要とされることが嬉しくて、仕事って楽しいなと。

—— そこから公共工事にも関わるようになった。

はい。2018年、籠田公園から中央緑道の電気工事の施工をきっかけにQURUWAエリアのまちづくりを知りました。まちが明らかに変わっていったんですよ。ボロボロだった籠田公園が、工事を終えて人が集まるようになって。僕たちは電気工事を手段として、まちをつくる一端を担えてるんだなって。

催しで賑わう籠田公園(左奥)と中央緑道(中央)

関わる人を笑顔にしたいーー
「Tイノベーション」設立

—— 2020年春、アングルの電気工事に関わったことも転機になったんですよね。

「元カメラ屋をリノベーションしてホテルにするって、どういうこと?」って衝撃で(笑)。単純ですが、なんかおもしろそうだから関わってみたいと思い、社長に無理を言ってうちで電気工事を受けることなりました。

アングルの外観(提供:アングル)

—— 儲けよりも、おもしろさを優先したんですね。

関わる人が笑顔になれる、明るくなることが僕は一番大切だと考えているんです。人が感動できるのは、ものやお金じゃなく、人。だから仕事も人と人との関わり合いを大事にしたい。アングルの工事をきっかけに、リノベーションの仕事を営業担当として取るようになりました。

—— 加藤さんの社内での動き方が変わったんですね。

そうです。そうやって営業をしているうちに、電気工事の受注よりも前の段階で、すでにさまざまな計画が動いていることに気づいたんです。

例えば、工場を建てることが決まったタイミングで、建設に伴う企画・計画や不動産のコンサルティングなどの相談を受けることがよくありました。受注前の工程から一緒に動くことができれば、のちの電気工事にも自然につながりますし、自分たちで仕事の流れをつくり出せる。

しかも、その段階から関わることは、ただ電気工事をするだけでなく「どういう場やまちをつくるか」を一緒に考えることでもあって、主体的にまちづくりのつくり手側に回っていくことができる感覚があったんですよね。

そういう声や手応えを感じてきたのをきっかけに、これなら新たな事業として形にできそうだと考えていました。

—— それで会社を立ち上げることに?

社長も「仕事が増えるなら」と合意してくれて、2021年9月、子会社として僕が代表の「Tイノベーション株式会社」を設立し、僕も出資してホールディングス化しました。

喫茶フロリダの閉業、
まちの風景を残すことの価値

—— 中央緑道沿いにあった「フロリダ」という喫茶店も、大きなきっかけになったそうですね。

そうです。中央緑道が整備された直後に、お店のシャッターが閉まっちゃって。僕らが工事をしていたときは営業していたのに。もう少し工事が早かったら続いていたのかなと考えて、なにかできないかなと動き始めました。

今はなき、フロリダ店舗横の看板(提供:アングル)

—— そのタイミングで、リノベーションスクールへ参加を?

市役所の中川さんにお誘いいただいて、リノベーションスクール2022に参加しました。フロリダの継承に向けて動いていたんですが、結局折り合いが付かず断念しちゃいました。

フロリダ継承についてプレゼンしている様子(詳しくはこちら

—— どうして、縁もゆかりもないフロリダを継承しようと思ったんですか?

歴史や伝統、文化は、バトン渡しだと思ってます。古い建物を壊して新しいものをつくることは簡単。だからこそ、昔の風景を残すことそのものに価値があると思うし、僕はそこにロマンを感じています。フロリダの建物を引き継いで、新しく飲食店を始める計画でした。

—— そこからなぜ、山や林業にも関心が向いていったのですか?

QURUWAのまちづくりを知ってから、自分が育った地域にも目を向けるようになりました。人口が減少している地元は、これからどうなっていくんだろうと。祖父が所有する裏山のことをいろいろ調べていくうち、林業にはたくさんの課題があることがわかりました。

林業の課題と、
ShopBotとの出会い

——まず最初に取り組んだのは?

捨てられてしまう間伐材を利用して、照明器具づくりに取り組みました。

僕は電気屋なので、木材を活かした照明を「うちだからできる設計」にできたらおもしろいし、結果として電気の仕事にもつながるかもしれない、くらいの感覚でした。

—— とても戦略的ですね。

でも、森づくりに取り組んでいる一般社団法人奏林舎の唐沢さんに出会ってから、山の現状のほうがずっと根深い課題なんだと知りました。

祖父の世代が「将来の子どものために」と植えた人工林は、災害リスクが高く、継続的な間伐が必要なのに手入れが追いついていない。

世代間でギャップがある林業って興味深いなと思い、照明をつくる前に山と向き合うことの方が本質的だと考え、地方の山々へ視察に行くようになりました。

—— 林業に関わる中で、考え方が変わったことはありますか?

「流域」という単位で考えるようになりました。QURUWAには乙川が流れていますが、その水源は岡崎市内の山にあるんです。つまり、山とまちは水でつながっている。

—— なるほど。

だから、山に暮らす人は汚れた水を川に流さないことが大切だし、まちの人は岡崎市産の木材を使用する意識を持ってほしい。木材の需要がないと、木を切る機会も減ってしまう。山の手入れをするためにも、地元の人が市産材を使用して、資源や経済の循環ができるのがいいですよね。

江戸時代の「藩」は流域単位で組まれていることが多くて、おそらく流域で考え合っていたんだと思います。その方が本質的なんじゃないかなって。

—— だから、山だけを見ているわけではないんですね。

はい。山とまち、山と人、山と仕事をつなぎたくて、林業に関わる人たちの共創プラットフォーム、一般社団法人「And Forest(アンドフォレスト)」も立ち上げました。

林業の課題は、林業だけでは改善できないことが多いので、いろんな仕事や立場が林業と交わっていく「〇〇+林業」という発想を大事にしたくて、こう名付けました。

山とさまざまなものをつなぐ、And Forestの活動をイラストに(提供:And Forest/illustration : numap )

—— いつShopBotを知ったんですか?

2023年の春に、And Forestに関わっているstudio36一級建築士事務所の畑さんが教えてくれて。「これは一回見に行きたい」と思って、すぐに岡山県西粟倉村へ視察に行きました。

そこで、建築設計や木製品開発及び製造、ShopBotの販売をおこなう株式会社VUILDの井上さんに案内をしてもらって、自由自在に加工された木材を見て「なんだこれは!おもしろい!」と思って、車を買う予定だったんですが、その代わりにShopBotを買いました(笑)。

岡山県西粟倉村での視察の様子(提供:加藤さん)

—— かなりの値段ですね! 電気工事事業の柱があるから、巨額な設備投資もできるんですか?

そうですね。電気工事事業があるからこそ挑戦できたところはあります。ただ、買う時点で「これで何をやるか」の見通しが立っていたわけではなくて(笑)

僕が林業や山の課題に関わっている一番の理由は、「森のため」「地域のため」という正しさだけじゃなく、関わることで人と人がつながって、おもしろい循環が生まれると思ったからなんです。その循環の中で、結果的に森や地域にもプラスになるし、僕らの仕事にもつながっていく。そういう流れを自分たちの手でつくれたらいいなと。

ShopBotが岡崎にあればなにかおもしろいことが起きる。直感と勢いで購入に踏み切りました。

やりたいことのギアを上げるための独立

—— ShopBot購入後に独立されていますよね。きっかけはなんですか?

自分がおもしろいと感じることや、関わる人・地域が笑顔になれる動きにもっと真っ直ぐ力を注ぎたいと思ったことが独立のきっかけです。

2024年1月に「株式会社ゼンショー電設」を立ち上げました。会社の理念は「明るいを自家発電できる人や町を育てる」。電気工事は単なるインフラ整備ではなく、暮らしに「明るさ」をつくり、人や地域が自分の力で前に進める状態を支える仕事だと考えています。

電気工事はゼンショーで、林業や共創のような「森とまちをつなぐ動き」はTイノベーションでおこなっています。どちらかが主従というより、森とまち、ものづくりと暮らし、電気と自然が循環し合う「地域のチーム」をつくりたいなと。

社名を漢字で書くと「善照」。善いことに光を照らし、人と地域の未来を照らす存在でありたいという思いを込めています。

—— どうしてShopBotをゼンショーの本社に置かず、山に設置したんですか?

あえて、まちなかではなく毛呂町に置きました。森と人、山と地域をつなぐのが僕の役割だと思っているので、ShopBotをきっかけにこの地域に来る人が増えるんじゃないかと。祖父母の家の隣に建っていた古民家は築160年でしたが、ある程度改修すれば設置もできそう。新旧が混じるおもしろい空間になるんじゃないかと考えました。

実際、設置してから「ShopBot あるよ!」というと、「え!見に行きたい!」って反応がよくて。このあたりはお店もほとんどないから、まちから遊びに来る人の数は確実に増えましたね。

実際に使用しているShopBot

—— 人口減少を解決する糸口にもなりそうですか?

僕は、移住してほしいとまでは思っていなくて。人口減少は中山間地域全体の課題で、移住者を取り合うのは根本的な解決にならない。だから、関係人口を増やすことが目的です。ShopBotがあることで、クリエイターが山で創作をする環境を用意したい。

—— なるほど。ShopBotは実際どのように使われているのですか?
大きいプロジェクトでいえば、株式会社VUILDが提供していた「nesting」という家づくりプロジェクトにて、木で住宅の部材をつくったり(プロジェクトの詳細はこちら)、会社やお店から什器の制作依頼をいただいています。

ナリモレンタカーのポップアップ用什器も作成(提供:加藤さん)

—— これから、QURUWAでも新しくプロジェクトが始まると聞きました。

2025年10月、籠田公園の西側に新しくオープンした、「有限会社タキコウ縫製」が手がけるビーズクッション「ハナロロ」を体験できる施設「ハナロロベース」の前で都市の森づくりに取り掛かることになりました。

社長の滝川さんと出会って数日で意気投合、お互い大事にしたい感覚が近いとわかって。「こういう人となら、まちや森の未来を一緒におもしろがれるな」って思えたことが大きなきっかけとなり、さまざまな計画が進みました。

一緒に「森に座るベンチ」の開発をしたり、新たな拠点づくりにも関わらせてもらったりと「共創」が少しずつ形になっていって。だからこそ今回も「この場所で一緒に森をつくりませんか?」と自然な流れで声をかけました。ハナロロベースの前に「都市の森」ができたら、まちの人がふらっと立ち寄れて、自然と関わる入り口にもなるし、QURUWAエリアに新しい風景をつくれるんじゃないかと構想しています。

「森に座るベンチ」をハナロロベースの前で

—— 山だけでなく、まちにも拠点を持ちたいと思った理由は?

山のことを伝える・感じる場をつくりたいと思ったことがまずひとつ。あとは、最近のQURUWAは、良くも悪くもプレイヤーが固定化されてきたと感じています。誰かのツテや紹介がないと関わりづらい空気もあるのかなと。

個人的には、もっと新しい人がふらっと入ることができて、新しい出会いや関係性が自然に広がっていく余白がほしい。だからこそ、このエリアに風穴を開けるような、誰でも関わることができる開かれたスポットになれたらいいなと思ったんです。

まちの拠点と山の拠点を繋ぎたいという思いから、山に来るハードルの高さを解消するため、森の資源を積んで自分たちがまちに出向く、「走るデジタル木工室プロジェクト morimobi」も進めています。

籠田公園でのイベントにmorimobiも出店。まちの人が木材を使ったワークショップを楽しんだ

—— では最後に、これからの展望を教えてください。

展望か……。勢いで決めているから、展望と言われるとむずかしい。

僕は先にカチッと展望を決めて進むというより、関わる人や現場の変化の中で今一番おもしろいこと、必要だと思うことにトライし続けて更新していくタイプなので(笑)。

ただ、僕たちの軸はあくまで電気工事だということは忘れたくないと思っています。

電気工事も林業も、本質的には「エネルギー」なんです。電気は物理的なエネルギー、森は自然のエネルギー。どちらも人が生きていく上で欠かせないもの。このふたつを通じて、「明るいを自家発電できる人や街を育てる」ことが僕の目標です。

そして、僕の活動は今いる社員や仲間がいてはじめて成り立っている。だからこそ、今のメンバーが人としてこの地域に必要な存在に育ってくれたら、それが一番おもしろい未来だなと思っています。

電気工事の仕事を通じて、ただ配線や設備をつくるだけじゃなく、暮らしやまちに「本質的な明かり」を届けられるチームになりたい。

まちでも山でも、自分で考えて、自分でつくり出せる人を増やしたい。ShopBotはそのひとつのツールでしかなくて、大事なのは人と人とのつながり。関わる人たちが笑顔になって、明るくなっていく。そういう循環をつくりながら、最終的には「日本一おもしろい電気工事会社」にしていきたいですね。

—— ありがとうございました。

加藤隆人
岡崎市出身。株式会社ゼンショー電設の代表として電気工事会社を経営する一方、山主として放置人工林の再生や資源循環に挑戦。森と人、地域と企業をつなぎ、次の世代へ「明るい未来」を手渡す為に一般社団法人And Forestを共創設立。

撮影(特記なき場合):Okazaki Micro Hotel ANGLE
取材・執筆:平良涼花

平良涼花 / Okazaki Micro Hotel ANGLE マネージャー
2002年生まれ、岡崎市出身。国内を転々とする多拠点生活を経て、地元岡崎市に根付く事業に取り組むため2021年からアングルスタッフに。アングルのコンセプトである「暮らし感光(観光)」をテーマに、イベント企画・運営や広報などを担う。

公開日:2025.12.01