あの人のトライ:tanconaf 名古万部さん、村瀬航平さん、矢野滉大さん

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まちには必ず新陳代謝が必要で、ベテランのプレイヤーだけでなく若い世代もコトを起こしていくことが重要です。

以前のトライでもご紹介した「studio36一級建築士事務所」が手がける「偶偶」2階に、ひっそりと事務所を構える「tanconaf(タンコナフ)」という集団がいます。岡崎生まれの20代前半の約20人でイベント企画・運営を中心に、アパレルの企画販売、映像制作なども手がける任意団体です。

岡崎のまちを代表する若いプレーヤーのひとつであり、これからも輪が広がっていく起点になるtanconafとは、一体どのようなグループなのでしょうか。リーダーの名古さん、コアメンバーの村瀬さん、矢野さんにお話を伺ってきました。

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左から)矢野滉大さん、名古万部さん、村瀬航平さん

「おもしろいこと」を追求し続ける

岡崎市の舳越町で生まれ育ったtanconafリーダーの名古さん。2015年、中学生だった当時、岡崎市立中央図書館りぶらにて知り合った他校の同級生5人と話が弾んだことがきっかけで、「おもしろいことがしたい!」という思いからグループを結成することに。この出来事がtanconafの起源となりました。

tanconafの初期メンバー6人

tanconafの活動としてまず初めに取り組んだのはTシャツづくり。活動の資金づくりと、「tanconafTシャツをみんなが着てたらおもしろいんじゃ?」という好奇心から、自作Tシャツの販売にトライしたそうです。

Tシャツが売れて資金が溜まり、高校3年生のときに矢作橋下でバーベキューイベントを開催。友人がまた友人を呼び、約130人が集まる大盛り上がりな1日に。人が集まることの楽しさを実感し、成人式を迎える前にもう一度みんなで集まりたいと考え、「おもしろいこと」を追求し続ける名古さんのスタンスが確立されました。

130人を集めたバーベキューイベント

音楽イベント「HOMETOWN」開催

名古さんと同い年であるコアメンバーの村瀬さんは、高校時代まで市内の学校に通い、大学に進学。自由に時間を使うことができる大学生活だったこともあり、以前から知っていたtanconafに加入することに。

各学校から仲間がさらに集まり、tanconafのメンバーは13人まで増えました。メンバーそれぞれに、音楽やアートなど好きなものがあり、ともに岡崎のカルチャーに触れるうちに、岡崎への愛着が沸き、2018年に音楽イベント「HOMETOWN(ホームタウン)」を乙川で開催します。

名古さんの自宅倉庫で卓球台を机がわりにし連日打ち合わせと準備を重ね、名古さんは設営、村瀬さんは企画、そして他メンバーが映像や音楽を担当してお互いの「好き」や「得意」を持ち寄りイベントを実現させました。

名古さんは、イベントに対する思いをこのように話します。

僕はイベントは発表会だと思っていて。それぞれアパレルやデザイン、土木など得意なことがあって、みんなの良さは僕が1番知っている。なので、それをみんなに見てほしいって感じ。このイベントが、それぞれの次の仕事に繋がったら良いなと思っていました。

名古さん
第1回HOMETOWNでの記念写真

名古さん、村瀬さんの1学年後輩である矢野さんは、2019年春の大学生になるタイミングでtanconafのバーベキュー会に参加し、メンバーとして参加することに。

同年夏、メンバーに背中を押され、以前から興味のあったアパレルに取り組み、オリジナルブランド「ヤノオリジナルス」を立ち上げ、矢野さんの証明写真を背中にプリントしたパーカーを作成。欲しいと望む声が集まったことから、顔写真をイラストロゴに変更しTシャツを販売したところ、200〜300着売れるほどの好評だったことから、本格的に取り組むようになったそうです。

ヤノオリジナルスのオリジナルパーカー

同時期に、第2回となる「HOMETOWN」を再び乙川で開催。移動動物園を呼び、音楽・服・食事が楽しめる盛りだくさんな内容だったそうです。続けて乙川で開催することになった経緯を名古さんはこのように話してくれました。

乙川って、本当にいい場所ですよ。当時は今ほど整備はされていなかったけど、イベントがしやすいし、何より気持ち良い。愛着がありますね。

名古さん
第2回HOMETOWNの様子

「遊び」から「仕事」へ

新型コロナウイルスの流行により1年半ほどイベントがストップしたあと、tanconafを知る方からイベント運営の依頼があり、今まで「遊び」で取り組んでいたことが「仕事」となる変化が訪れました。

しかし、これを境にして、tanconafとしての在り方の課題に直面します。

村瀬さんがこれまでを振り返りながら心境を語ってくれました。

tanconafを仕事としてやりたいメンバーも居るけど、全員が全員そうではない。これまでは「楽しさ」だけで回っていました。でも、それぞれ会社勤めや自分で事業をしているので、貴重な休日の時間を割いてtanconafとして活動しても、もらえる対価がかけた時間と労力に見合っていないのでは、次が生まれないし、先が暗闇になってしまう。それぞれゴールが見えなくなったり、何のためにやっているんだろうと考えたりしてしまう時期だったかなと思います。

村瀬さん

当時を「tanconafの暗黒期だった」とまで語るリーダーの名古さんは、意を決して2023年の6月に6年続けた建設会社を退職し、tanconafに専念することを決意。

そして、同年秋にもう一度自主イベントを開催することを提案し、tanconafの再出発を試みました。

準備に準備を重ね、2023年10月に開催された「culture festival “TANCONAF”」。tanconafを応援してくれている先輩方の協力もあり、今までよりもずっと大規模なイベントとなりました。それぞれ忙しさや負荷の大きさに対する課題感は残りながらも、自主イベントによって改めて友達とイベントを開く楽しさを味わうことを再度実感したそうです。

culture festival “TANCONAF”の様子

同年春に「Studio36」の畑克敏さんと知り合い、偶偶関係者と親交が深まることにも期待して初めての事務所として偶偶の一角を借りることを決意。「一緒に頑張っていこう」と声をかけてくれた畑さんの存在が大きかったと振り返ります。

事務所を借りることによって定期的な支出が発生することを踏まえ、名古さんはイベントを終えたあとtanconafの存在意義やこれからについて、じっくりと考えを巡らせました。

僕が理想とするのは、tanconaf内でも完全「BtoB(企業同士のビジネス)」を実現することです。例えば服を頼みたいとき、tanconafからヤノオリジナルスに発注するイメージ。今までは友達だからこそ、お互い様の気持ちで労力に対する賃金が支払われていなかった。個人に仕事として発注することによって、お互い気持ちよく仕事ができるんじゃないかなと。
金銭のやり取りが発生するとより責任が生まれるので、依頼した側はより良いクオリティを期待できるし、tanconafとしても大きくなることを期待してます。

名古さん
tanconafへの思いを語るリーダーの名古さん

事務所を借りたタイミングで、仕事として活動するメンバーを決め、主要メンバー以外はできる範囲で「手伝う」という認識になっていったそうです。現在、お金を払って仕事を依頼することが実現し始めてるそうで、将来のtanconaf像の輪郭が少しずつはっきりしてきたと話してくれました。

tanconafの存在意義とは

村瀬さん、矢野さんにも、tanconafとは何か、tanconafに対する思いを聞いてみました。

tanconafとは、と言われると言語化するのが難しく、僕は自分たちがtanconafであるという認識で成り立っているものなのかなと考えています。心のどこかにあるみたいなイメージですかね。体制の変化や話し合いによって、「それぞれのステージで努力して、その力が発揮できるタイミングで、一緒に仕事ができたら嬉しいね」っていう考えになりました。友達でも、それ以上の関係でもある僕たちの在り方はやっぱり強みかなと思います。

村瀬さん

tanconafは、誰かが何かをしたいときに支援や応援ができる団体だと僕は思っています。こうやって自分のスキルがあると、繋がりから仕事を依頼してもらえる。それが僕自身として成長もできて、tanconafとしても実績ができる。個人事業主の塊として僕らは居て、それぞれの軸が違う方向に向いていれば、いくらでも組み合わせができる。そうやってやりたいことを重ねていくことが僕にとっての理想かなと思います。

矢野さん

それぞれtanconafに対する捉え方に違いがあることをお互いに認めている中で、全員に共通していることもあるそうです。

僕らは「仕事は楽しく、嫌なことでも楽しく」が共通の意識であって。職場の愚痴を吐いたとすると、「嫌なら辞めたら?」とだけ返ってくる感じ。みんなそこへのプロ意識が強い。
繰り返される日常に飽きるのなら、音楽のプレイリストを変えるとか、少しでも自分で工夫することが大事。この上司苦手だなって思っても、こんな良いところあるじゃん!って見つけるとか、楽しくないことでも見方を変えれば楽しくなるんです。

名古さん
「偶偶」2階tanconaf事務所で仕事をする3人

それぞれが描く、tanconafとの未来と個人としての目標

tanconafとして実現させたいこと、それぞれの目標についても伺ってみました。

とにかく「働く男フェス」をやりたい。子どもたちって、重機やトラックを見ると目を輝かせて喜ぶんですよ。だけど、乗ったらもっと楽しい。子どもたちが体験して、子どもたちがその職業を目指したいと思えるような機会をつくりたいです。やっぱり土木に関わっていたからこそ、その業界への恩がずっとありますね。
tanconafとしては、お金の循環をきちんと生み出すことが大前提としてありますが、実は「tanconafビル」をつくりたいんですよ。各階に一事業者ずつ入っていたら、めっちゃおもしろそう。もうこれはずっと言ってますね。

名古さん

今自分が取り組んでいる畑での場づくりに力を入れていきたいですね。僕は環境課題や食糧危機に対して考えることがあるんです。身近でいうと、自分が食べている野菜の産地を知るきっかけになるとか、オープンガーデンの畑マスターみたいな感じになりたい。
tanconafとしては、何かを求めている人が僕たちのもとにアクセスしたときに、そこにはいろんなスキルを持ち合わせている人がたくさん居るからこそ、小さいプロジェクトが生まれたりとか、全体で大きなイベントを起こしたりとか、そういうことがいつも巻き起こっているといいなと思います。

村瀬さん

現在の自分の軸はアパレルと映像制作なので、そこでtanconafに貢献できるかなと思っています。tanconafに映像系の仕事や企業のユニフォーム制作依頼が来たときに、きちんと捌けるような実力をつけていきたいですね。自分のために努力することが、tanconafのためにもなるんですよ。アパレルを始めることができたのはtanconafの影響なので、個人としてもtanconafとしても成長していきたいです。

矢野さん
tanconafのこれからを語る3人

同世代や後輩へのメッセージ

最後に、まちとの関わり方や、何かにチャレンジしたい同世代や後輩に伝えたいことを教えてもらいました。

良い音楽が流れているお店や、お客さんが店内からはみ出してるお店、川辺でイベントがおこなわれていることが、まちが賑わっている象徴だなと思うんです。でも、今の若い世代の方たちは康生の現状を知らない。岡崎のことを何もないって言う。でもそうじゃなくって、まちを深掘ってみると「あるじゃん!」っていう感覚になると思うので、まちをおもしろがることをして欲しいなと思います。

村瀬さん

まちづくりは、この辺りはもう完成されている気がするんです。だからこそ、新しいムーブメントが起こせるような存在でありたいですね。tanconafを見た下の世代が、「なんか楽しいことやってるから俺らもやろうぜ」みたいな感じに思ってくれたら、僕はtanconafをやっててよかったなと思いますね。

名古さん

一歩踏み出せば100広がるとよく言われますが、実際はその一歩が難しい。やってみたいと思うことがあるけれど、実現させるために何をすればいいかわからないって人が多いはず。そういう思いのある方はtanconafのInstagramか、名古村瀬矢野それぞれのアカウントのDMに気軽に連絡してほしいです。僕らの経験や繋がりが、きっと手助けになるはずです。

矢野さん

遊びから仕事へ。一筋縄には行かない転換期を過ごし、理想である「お金の循環」が少しづつ実現されていく中で、やはりtanconafの魅力は「友達であり、友達以上でもある」その在り方や結び付きだなと感じました。

tanconafに興味を持った方や、仕事を依頼してみたい方、一緒に何かをチャレンジしてみたい方は、ぜひ気軽に連絡してみてはいかがでしょうか。

きっと何か「おもしろいこと」が待っているはずです。

tanconaf
Instagram:@tanconaf2015

名古万部
tanconaf代表。1999年9月生まれ。岡崎で生まれ育ち、妻の職場の関係で現在は幸田町在住。2015年に偶然出会った、同世代のエンターテイナーと出会い、tanconafを結成。楽しさ追求LIFEを送っている。16歳から始めた建設業を辞め、現在は主にエンターテイメントを裏側から支える・創る仕事をしている。ラフにタフにGO!!!!

村瀬航平
2000年2月生まれ。生まれてからずっと岡崎暮らし。学生時代からtanconafの活動で自主イベントの企画や数々のイベント運営を経験。snowpeak business solutionsでは、キャンプギアの管理を始め、社内と外部委託先との連携、会社の認知度を広める活動など幅広い業務を行っている。
現在は、これまでの活動に加え、暮らし方や在り方の発信を始める。人が集う場作りを目指して、新たなプロジェクトも企み中。
村瀬航平Instagram:@speedboy_9
暮らしの記録:@itis_my pleasure
場づくりプロジェクト:@__ryusenji

矢野滉大
2000年11月生まれ。生まれてから今までずっと岡崎在住。高校卒業後、先輩に誘われTanconafのバーベキューに行ったのがきっかけでメンバーに。様々な個性を持つメンバーから刺激を受け、アパレル企画、販売を開始。ヤノオリジナルスという名前で現在活動している。
愛知教育大学サッカー部のスポンサーとして支援。現在は、継続してアパレル関係と映像制作をメインに活動中。
事務所として借りている「偶偶」のキッチンで丼屋を計画中。5月5日にマーケットを開く予定。(丼屋は4月から5月を目処にオープン)
ヤノオリジナルスInstagram:@yanooriginals

執筆:平良涼花(Okazaki Micro Hotel ANGLE)

公開日:2024.03.26

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