あの人のトライ:桜城橋ふき 宮川洋一さん

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岡崎市の中心を流れる乙川に、2020年3月「桜城橋」が架かりました。桜城橋には車道がなく、歩行者のための橋梁で、康生地区の籠田公園と名鉄東岡崎駅を結ぶ動線となりました。

その桜城橋を月に一度、雑巾がけをする人たちの姿があります。

愛知県職員として働きながら、休日に市民活動として「額田の森に思いをはせて「桜城橋ふき」」を主宰する宮川洋一さんにお話を伺いました。

私たちが使うものを私たちが大切にする

岡崎市出身の愛知県職員でもあり、橋の専門家でもある宮川さん。道路や河川などの公共物の内、橋の新設や補修・補強の設計、施工を担当しています。公共物を取り巻く社会情勢は、今と昔ではかなり変わってきているそうです。

今までは人口も右肩上がりであった分、税収から対応するだけの予算も人員も確保できていましたが、少子高齢化の現在では、今のところ使えているものですらこのまま使い続けられるのか、宮川さんは危機感を持たれています。

例えば、愛知県には橋が約5000橋あり、西三河地区だけで約600橋あるなかで担当者はたったの3人。橋も人も同じで、長生きさせるためには普段からのきめ細かいメンテナンスが大切です。保全だけでなく新設もあわせて担当するので決して十分な人員ではなく、とても全部にきめ細かくは手が回りません。「私たちが使うものだから、私たちが使いやすいよう大切に」という、市民ひとりひとりが自分ごととしてとらえていく必要があると宮川さんは語ります。

「桜城橋ふき」のはじまり

桜城橋が供用された半年後からこれまでに30回ほど橋ふきを実施してきたという宮川さんは、かなりの橋好き。一番好きな橋は、桜城橋の隣に架かる「殿橋」だそうです。2016年の岡崎市政100周年のタイミングで宮川さんは殿橋の工事の設計・施工も担当しました。

そんな殿橋でも、以前は取り壊しの危機がありました。殿橋を守るために何か自分にできることはないかと考え、乙川の社会実験「おとがワ!ンダーランド(現:ONE RIVER)」事務局の岩ヶ谷さんに相談。岩ヶ谷さんの「何かやりましょうよ」の一言から橋に関わる活動がはじまったのだそうです。「彼がいなければ何もはじまらなかった。」と宮川さんは振り返ります。

かつての開通式にはたくさんの人々が集まり、岡崎の発展をずっと支えてきた殿橋を守るためには、市民が殿橋の良さを知り、多くの市民が大切にしたいと思うことが必要だと宮川さんは考えました。そのために、まずは殿橋が良い橋だということを広めたい。そこで橋と触れ合う「殿橋洗い」をはじめました。橋を洗うことで愛着が湧き、次第に「僕の橋だ」という感覚が湧いてきたそうです。

殿橋について語る宮川さん

橋洗いの活動に手ごたえを感じていた頃、桜城橋ができました。桜城橋は、車が通れないから渋滞の緩和もされないし、ただのだだっ広い贅沢な橋だと市民からは批判の声もあったんです。
橋って100年の設計なんだけど、せっかくつくったのに市民から愛されずにいるのは悲しい。そこで、殿橋洗いをしたときみたいに桜城橋でもやってみようと。そうすると愛着が湧くのではないかと思いました。では雑巾がけかなと。そんな感じではじめてみることにしました。
桜城橋は表面に木を貼っているだけで、拭くという行為は本体の構造には何も起きていないんです。でも橋を拭くと雑巾が真っ黒になって橋は綺麗になる。拭くことが橋のケアになるといいけれど、どちらかといえば拭いた人みんなが桜城橋を自分の橋のように思えるといいよね。そういう意味合いのほうが大きいです。

「宮川さんがやりたいと思ったら、ひとりでもやればいいじゃないですか」

そう語る宮川さんですが、橋ふきをはじめる前は「誰も来てくれなかったらどうしよう」と不安もあったそうです。どのようにして不安を払拭できたのでしょうか。

実は僕の橋ふきにはモデルがあって、長崎県の「出島表門橋」です。渡邉竜一さんという方がデザインしており、その橋が本当に素晴らしい。「あんなのメンテナンスできない」という批判も乗り越えて、「市民自身がメンテナンスをして橋を守り続けていく」というところまでデザインされているんです。

宮川さんは講演会で渡邉さんと出会い、とても感銘を受けたそう。その後、渡邉さんに岡崎で講演を依頼した際、当時建設中であった桜城橋をはじめ、乙川に架かる橋を案内したとのこと。

そして今度は渡邉さんが、自身が指導する大学のゼミ生を連れ完成した桜城橋を見に来てくれることになったのだとか。桜城橋ふきの第1回めはそのときで、当日渡邉さんにサプライズで実施したそうです。

その際、今後のこの活動に人が集まるかどうか不安を感じていた宮川さんに渡邉さんからアドバイスがありました。

「宮川さんがやりたいと思ったら、ひとりでもやればいいじゃないですか。人が集まらなくても、やりたいんでしょ?」
そのアドバイスがあって、「そうじゃん、俺がやりたいんじゃん。」と自分の気持ちに気づき、人が集まらなくてもいいかなと思った。
でも続けてみて、毎回来てくれる人がいるというのは、やっぱり嬉しいんだ。

暖かい時期だと大人も子どもも合わせて30人ほど集まる桜城橋ふき。「毎月第4土曜日の17時から」と固定で開催しているので、都合がついた人が来てくれればいいと思うようになり、一人でも多くの人が来てくれると嬉しいそうです。

毎月第4土曜日の桜城橋ふきの様子(写真提供:ONE-RIVER)

橋ふきから見える未来

桜城橋の木の温もりを肌で感じる宮川さん

橋を見るとき、特に構造を見てしまうという宮川さん。お話を伺った後、桜城橋で写真を撮る際、「橋の上よりも、下のほうが好きなんだ」と橋好きならではの橋の見方やおもしろいところを教えてくれました。

桜城橋と、そこから見える殿橋と明代橋。この三つの橋はつくられた時代によって設計基準が異なるために橋脚の数が大きく違い、一番新しい桜城橋が一番橋脚が少ない。そんな、橋が持ついろいろな機能や豆知識を「ちょっとごめんね。」と言いながら楽しそうに挟み込む宮川さん。発する言葉の端々に、橋への愛を感じました。

橋ふきがもたらしたことについて、宮川さんはこう語ります。

最初は何がなんだかわからず軽い気持ちではじめました。橋の上に立つと、上流の遠くまでよく見えて、風も吹いてくる。そして橋の上は、川の上なんだ。と改めて気づきました。
桜城橋に立つとヒノキの香りもするし、拭いてみるとなんだか楽しいなと感じました。
僕は橋を拭くとき、裸足になるんです。歩くと舗装された路面とちがって気持ちよく、木の温もりを感じるのが好きです。
また、子どもたちは楽しむことの天才です。参加してくれる子どもたちも想像以上に楽しんでくれていて、嬉しかったのは、参加してくれた小さな子どもが橋の上をハイハイしていたこと。
普通、ハイハイできる場所って、部屋の中とか芝生の上だと思っていたんですけど、橋の上でもハイハイできるんだ、それだけでいいじゃん。と嬉しくなりました。僕のほうが力が入ってしまっていた気がしました。
きっとここを拭いた人は、公共の場にゴミを捨てない。公共物を大事にすると思うんです。その気持ちの醸成って代え難いものだなと。
大切にしようって他人に言われるだけだときっと実感がわかない。
きっとその子も、橋を拭いたことを覚えている。

そういったことを少しずつ積み重ねていった先に良い未来が待っている気がします。

橋の下から見える様々な機能を教えてくれる宮川さん

完成してから約3年のうちに橋の上に公共スペースがつくられ、進化を続けている桜城橋。そこにはただ橋を渡るだけでなく、その場に佇み憩う街の人々の姿がたくさん見られました。

桜城橋から岡崎城が望める一点が宮川さんのお気に入りスポットだそう

宮川洋一
岡崎市出身、在住。「まちづくり」がしたいと、愛知県に入る。建設部技術職員。名古屋高速出向をきっかけに橋の設計に携わる。以来、橋の補修・補強の設計・施工に長く従事。職員の技術継承のため「あいち橋の会」を設立。市政100周年で「殿橋」工事の設計・施工を担当。以来、乙川で仲間(ONE-RIVER)とともに活動。「殿橋洗い」「桜城橋ふき」「矢作川でロマンを掘り起こせ」など、橋を切り口としたまちづくりの活動をしている。
https://one-river.jp/programs/programs/hashi-fuki.html

文章・写真:福井由布(Okazaki Micro Hotel ANGLE)

公開日:2023.04.02

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