あの人のトライ:一般社団法人ドゥーラステーションめぐる 松本忍さん

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産前産後の女性を支える「ドゥーラ」という仕事があります。元々はギリシャ語で「他の女性を支援する、経験豊かな女性」という意味を持ち、日本ではまだまだ馴染みの少ない言葉ですが、妊娠、出産、育児をサポートする女性として欧米やその他海外では職業として確立されているのだそうです。

QURUWAを拠点にドゥーラとして活動し、団体で愛知県内や岐阜県を訪問サポートする「一般社団法人ドゥーラステーションめぐる」代表理事の松本忍さんにお話をうかがいました。

「誰かがやらなきゃいけない。だったら私が。」

松本さんが出産を経験されたのは2010年のこと。産後しばらくのすべての家事は松本さんの夫が担当し、赤ちゃんのお世話は夫と母が手伝ってくれたそうで、産後の大事な時期を恵まれた環境で過ごすことができたと言います。

松本さんはふと、ひとりの友人のことを思い浮かべました。その友人は、産後の家事育児を誰にも手伝ってもらえず、赤ちゃんと二人で過ごしていたのだそう。家族のサポートを受けている自分でさえ、数時間おきの授乳に疲れているし、心が落ち着かない。しかしきっと世の中には友人と同じような、もっと大変な思いをしているママがたくさんいるはず。そんなママたちを助けてあげられる仕事があれば、需要があるのではないか、と直感で思ったそうです。「誰かがやらなきゃいけない。だったら私が。」という強い使命感に掻き立てられたのだそうです。

それから時が過ぎ、4年後、Facebookでの繋がりからドゥーラという仕事と出会います。ちょうどそのタイミングが、退職、子供の年齢、自身の思いの大きさ、どれをとってもベストだったと松本さんは語ります。

ドゥーラ利用者のお宅で育児のサポートをする松本さん(写真提供:山本倫子)

ドゥーラの一番の思いは「ママの体を休めてほしい。」

家事や育児をサポートする仕事というと家事代行やベビーシッターもありますが、それらとドゥーラとの大きな違いは、家事代行は家事のみ、ベビーシッターは育児のみをこなすのに比べ、ドゥーラは家事と育児の境界がないことだそうです。

例えば料理のサポートでうかがったとして、赤ちゃんが泣きはじめ、上の子が騒ぎ出したという状況で、ドゥーラならふっと赤ちゃんを抱いてあげることができますが、家事代行だとそれはできません。逆にベビーシッターだと子どものお世話をしてママの体を休めることはできますが、家事の代行はできず、結局ママがご飯をつくらなければいけません。トータル的にケアできることが、ドゥーラの魅力のひとつなのです。

また、もうひとつの大きな違いは、「心への寄り添い方」であると松本さんは語ります。家事育児のお手伝いを始める前に、妊娠中に一度会って、今後どのようにサポートをしていくかまずは話し合うというのが理想のスタートなのだそう。

産後のことってあまり産院でも教えてくれないし、初めての妊娠だとどういうことが起こるか想像できませんよね。今後のことを説明しながら、その中でママの体を休めてもらうために何をどうするのか、ご飯をつくるのは誰?とか、お買い物に行くのは?掃除をするのは?と、日常の生活を整えるために具体的に担当を決めていきます。

料理のサポートをする松本さん(写真提供:山本倫子)

具体的な話をしていくなかで、やはりドゥーラが必要か、それともここは行政のサポートを使おうか、などと計画し、安心してお産を迎えられるようにする、ということがまずひとつの仕事なのだそう。そして実際に産後を迎えたあとに家庭に行って、家事育児のサポートをしていきます。

赤ちゃんを抱っこしたことがない人も珍しくない時代。教えるのではなく一緒にやっていくというイメージです。

料理や日々の片付け、赤ちゃんのお世話はもちろん、単純にママの話し相手になるだけでも実はサポートになっているのだとか。「大掃除以外」の大抵の日常の家事育児はお願いできるそうです。

お話をうかがってみると、ドゥーラは家事代行やベビーシッターと比べてよりママに親身になり、ママにとって本当に必要なことを考え手助けする存在であると感じました。ドゥーラならではのサポートには、こういった役目もあるそうです。

例えば、上の子がある程度大きくなり、成長したからこその、その子どもの要求に振り回されているときや、育休で家にパパとママと赤ちゃんがずっと一緒にいるときに、ママがイライラしていて空気がどよーんとしていることがあります。そんなときに外部の私が入りサポートすることで空気がさーっと良くなったり、あまりにもママがフラストレーションを抱えていたら「ドゥーラがこうやって言ってた、って言えばいいから。」とママが言いたいことを言ってもらう。とにかく、ママの気持ちを大事にするというところがドゥーラの役目です。

冷蔵庫の中身を見てから何をつくるか考えるのだとか(写真提供:山本倫子)

岡崎に還元できるような働き方を

松本さんが岡崎で活動し始めたのは、たまたま岡崎に住んでいたからだそう。サポートの利用条件を家から1時間圏内とし、交通費の了承を得られたらどこへでも行きました。そのなかで岡崎に住んでいるのに岡崎での依頼は少なく、遠いところばかり行っているなと感じたそうです。

せっかくならこの街に何か還元できるような働き方をしたいなというのはずっと思っています。

昨年2022年にQURUWAの事業リノベーションスクールへの参加がきっかけで、行政との繋がりができたり、いろんな人と出会い、周囲からドゥーラの仕事をやりたいという声もあり、「QURUWAからやっていきたい」という気持ちが生まれたそうです。

ドゥーラを広めるため法人化の決意

そんな松本さんですが、ドゥーラとして個人で活動することにジレンマを感じるようになったそうです。その理由が2つありました。ひとつめは、ドゥーラひとりひとりが認知度をあげながら活動していくことの難しさ。ふたつめは、ドゥーラになるためには専門の資格が必要で、養成講座に通い、試験や面談を受け合格する必要がありますが、既存のドゥーラ養成講座は都心にあり、地方から通うのはハードルが高いこと。

そのようなジレンマから、団体として活動していくことを決めたそうです。

ドゥーラの多くは個人事業主として活動しています。ドゥーラ歴9年目になる松本さんも個人活動から始めました。依頼が少なく十分に「稼げない」期間が約5年も続いたそうですが、依頼がなくなることは決してありませんでした。

初期から開設したホームページは、活動を続けることで検索結果の上位に表示されるようになり、次第に依頼が増えたことで、ドゥーラの存在がもっと知られさえすれば、きっと必要としている女性はたくさんいると感じました。

「あのとき知っていたら使いたかったです。」と育児を経験した女性からすごくよく言われます。だから、知られていないだけなんだ、と一人で活動する限界を感じました。

個人での活動では各々で認知度を上げていかなければならず時間や労力がかかりますが、最初から依頼があるというのは団体の大きなメリットです。

また、東京ではドゥーラに対して行政からの補助金や助成金が出るそうですが、地方では出ないところが多いとのこと。それも地方でのドゥーラの認知度が低いことが理由のひとつと考え、ドゥーラを広めるためにも団体であるほうが信用度が高くなり、強みになると考えました。

松本さんは2020年に事務所を立ち上げ、従業員を雇い、今年の4月に一般社団法人として法人化。「めぐる」という窓口から依頼を受け、現在愛知県と岐阜県に住むドゥーラのなかからその地域に行けるドゥーラがサポートへ行きます。

また、2023年10月から「ドゥーラステーションめぐる」で働いてくれるドゥーラの養成講座を始めました。これも団体として活動していくからこそできることです。

ドゥーラを知ってもらうために、「ドゥーラって何?」という単発の講座も実施したいと考えており、現在慌ただしく準備をしています。

QURUWA子育て広場 tetowa てとわ

今年法人化し、今月からドゥーラの養成も始めたばかりの松本さん。他にもこれから始めたいことがあるそうです。りぶらの近くの場所を借りて、子育て広場をつくろうと進めています。

「QURUWA子育て広場 tetowa てとわ」(以下、tetowa)は、半分は託児、もう半分はドゥーラが常駐する施設。studio36の畑さんに設計を依頼しているそうで、2024年1月にオープン予定だそうです。

場所は、材木町の製菓材料店「マルコポーロ」さんの跡地

赤ちゃんを連れてのお出かけはハードルが高く億劫になりがちで、特に初めての子だとどこに連れて行っていいのかわからないという母親も多いと言います。「子連れでも気軽に行けるドゥーラの拠点を持ちたい」と思っていたところに、「託児ガーベラ」の柳原さんが声をかけてくれたのだそうです。松本さんいわく、柳原さんは「ママ目線をすごく持っている方」で、託児だけでなくママのための場所にしたいと思ったときに松本さんのことを思い出してくれたのだそう。

ドゥーラがいて、託児もあって、という場所があったら……と思い浮かべてくれて、私もそういう場所をつくりたかったから、「やろう!」と即答しました。
また、私たちドゥーラの仕事として、家に入ってサポートしていくと、契約を終えたあともやはりそのママや赤ちゃんのことが気になるんです。元気かなとか。そういう人たちにも来てもらえる場所をつくりたい、ということもひとつの思いです。

託児とドゥーラ「ママがちょっと休みに行く場所」

tetowaは「託児ガーベラ」さんが託児を担当し、ママに寄り添うプロであるドゥーラも常駐する施設。外に出かけて遊べる先の選択肢のひとつでもあり、ママが一人で休みたかったらガーベラさんに子どもを預けることもできます。

ママが来ればドゥーラとお話ができたり、ドゥーラがご飯をつくって「お昼は食べて帰りん。」とか、「ちょっと休みに行く場所」にしたいです。ガーベラさんと連携してママの希望を叶えたい。お昼寝部屋をつくって「赤ちゃん見てるから寝ていいよ」と言える環境をつくることも想像しています。

入り口横の施設構想図。tetowaだけでなく、その周辺まで「こうなったらいいな」が描かれています

松本さんはtetowaについて、こう続けます。

ひとまずママのために。ゆくゆくは子育てから派生するいろんなことの支援になるといいなという場所。できれば若い女性にも関わってもらって、今後自分に起きるかもしれないことを見てもらうことも良いと思うんですよね。見るだけでも絶対違うから、いろんな人が寄る場所にできたらいいなと期待しています。

今では行政の産後サポートも徐々に増えており、岡崎市だと産後ケア事業というものもあり助産院等の施設でサポートを受けられます。しかし利用にあたって基本的には窓口での申請が必要で、承認されるとようやく日程調整のやり取りをします。将来的には申請という手続きがなくなり誰でもすぐ利用可能になるかもしれませんが、「今」休みたいママのため、tetowaがオープンします。

「tetowaには、いつでも来てもらえばいいです。」と松本さんは言います。ドゥーラのサポートの利用に興味があっても、どんな人が来るのかを知っておかないと不安に感じる方も多いと思います。どんなドゥーラがいるのかを知る場所として、妊婦さんの頃から訪れてみるのもいいかもしれません。

QURUWAに子育て世代が来てくれるのか、不安を持ちながらも「始めないと来ない」と一歩踏み出した松本さん。ドゥーラの養成講座もまもなく始めるなかで様々なことが並行して進んでおり、忙しなさでぐちゃぐちゃだそうですが、「自分がそうしたかったから。」と笑う松本さんから、覚悟と思いの強さを感じました。

ドゥーラの利用者は決して富裕層に偏っているわけではなく、お金の遣い道としてドゥーラのサポートを選ぶ方が増えているようです。また、「ドゥーラステーションめぐる」はチケットのプレゼントも可能とのことで、誰でも周りの母親たちのサポートができます。

夫婦や家族のみで育児を乗り越える家庭も多いですが、ここぞというときに「プロの手を借りる」という選択肢を持っているだけでも心強く思えるのではないでしょうか。

松本忍
1976年生れ。夫と子ども2人の4人家族。結婚を機に岡崎に移り住む。建設、不動産業の会社員として働いていた2015年にドゥーラという職業に出会い、養成講座を受講しドゥーラとして個人で活動開始。 2020年「ドゥーラステーションめぐる」として事業所を立ち上げる。2023年4月法人化。愛知・岐阜での産前産後サポート事業を展開。現在、愛知県岡崎市QURUWAエリアにて子育て広場開設に向けて準備中。

文章・写真:フクイユウ(Okazaki Micro Hotel ANGLE)

公開日:2023.11.03

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