あの人のトライ:hiro.café 鈴木浩幸さん

  • 事業を始める

岡崎市民の憩いの場である「籠田公園」。遊具や芝生で子どもたちが駆けまわり、屋根付き休憩所でお母さんたちがピクニックをするなど、それぞれが思い思いに過ごしています。

もともと戦災で焼け野原になった中心市街地を整備する一環で1958年につくられた籠田公園は、約60年の時を経て2019年7月に「つどい・つながり・つづく」をコンセプトにリニューアル。暮らしの質の向上やエリアの価値を高めるための場所として、QURUWA内の公民連携プロジェクトの1つとして再整備されました。

リニューアルした籠田公園で新しい日常になったひとつが、黄色いキッチンカー。憩いの時間のお供となるドリンクを提供する、「hiro.café」です。

hiro.café店主として、リニューアルされた当初から籠田公園内での出店を続けるのが、鈴木浩幸さん。実は元々は学校の先生をしていたという鈴木さんが、どういういきさつでhiro.caféを始められたのか?そしてなぜQURUWAエリアで出店をしているのでしょうか?いろいろとお話をうかがいました。

世代を問わず多くの人が利用する籠田公園

野球に打ち込んだ学生時代

岡崎市に隣接する安城市で生まれ育った鈴木さん。鳥や昆虫、植物が大好きで、重たい図鑑が入ったリュックを背負って、野原を駆け回るようなわんぱくな幼少期を過ごしたそうです。

中学校で野球と出会い、野球の指導に力を入れている地元の公立高校へ進学。当時の監督との出会いをきっかけに、「後輩を連れて、甲子園へ行きたい」という思いが芽生え、学校の教員を目指すようになりました。

右から4番目、高校時代の鈴木さん(提供:鈴木浩幸さん)

教員免許を取得するために日本体育大学へ。野球部に入部しますが、全国から集まったエリート部員たちを前にして大きな挫折を味わい、退部することに。野球指導への思いは残っていたため、教員になるための勉強を続け、安城市で高校の非常勤講師として働き始めました。

図らずも特別支援教育の教員に

1988年、鈴木さん25歳のときに教員採用試験に合格したものの、希望した高校体育ではなく、障害のある生徒を支援する特殊教育(現在の特別支援教育)枠で採用されます。子どものことを1番に考えられる情熱や軽いフットワークが自分に求められているのではないかと考え、野球指導者への道は諦め、特別支援学校の教員として勤めることを決意しました。

特別支援教育に関する知識や経験がほとんど無い状態でのスタートだったため、「この子はどうしてこういう様子を示すんだろう」、「どうしたら僕の言ったことが伝わるのだろう」と、日々悩みを抱える、苦しい1年目を過ごしたそうです。

それでも、様々な個性を持った子どもたちとの関わりが積み重なる中で、自信が芽生え、「一人一人のことをよく見て、それぞれに合った手立てで支援していくんだ」と、教員としての役割を、あらためて自覚できるようになったといいます。

病気を機にセカンドキャリアの道へ

特別支援学校の教員として30年近く働いた2017年、鈴木さん53歳のとき、突如、腹部の痛みに襲われ、十二指腸潰瘍を発病。痛みに耐えながらも仕事を続けますが、症状が全く改善されず、治療に専念するために教員を退職しました。

この大きな決断が功を奏したのか、それまでなかなか快方に向かわなかった病状が、半年でほぼ完治。身体も元気さを取り戻し、先のことを考えるようになったそうです。

家でゴロゴロしているわけにもいかないなと思って。でも、非常勤の講師として復帰したら、また体調を崩してしまうのではないかと不安でね。かといって、会社に勤めることも現実的じゃなかった。具体的な構想はなかったけれど、プレッシャーなく、自分のペースでできることはないかと、探すようになりました。

2018年6月、偶然、岡崎で移動カフェをしている「Going Cafe」さんがキッチンカーで出店している姿を見かけます。なんとなく話を聞いてみたところ、自分が探している条件にぴったりかもしれないと思い、セカンドキャリアとして「キッチンカー営業」を考えるようになりました。

それからというもの、実際にキッチンカーで営業している方に話を聞きに行ったり、キッチンカーの開業にあたって必要な資格・免許・費用を調べたり、収支のシミュレーションを出せたところで、「自分にもできるかもしれない」と、すとんと決心がついたタイミングがあったそうで、そこから開業に向けて動き始めました。

同年10月、キッチンカーの展示・販売が行われている四日市の会場へ。そこで出会った車種に一目惚れをし、その場で購入しました。それがいまの相棒黄色いキッチンカー「えすべえ号」です。

この車を黄色に塗ったら、アメリカのスクールバスみたいになるんじゃないかと思って。僕が勤めていた学校は、朝、スクールバスから降りてくる生徒達が「先生今日何するのー!」と笑顔で挨拶してくれて、帰りは「また明日ねー!」って笑顔で帰っていく。そんな光景が日常でした。スクールバスは、笑顔や楽しさを運ぶ象徴だと感じていました。僕のキッチンカーも、そんな存在になれたらいいなと考えました。

スクールバスをモチーフにしたhiro.café

しかし、大きな不安がありました。それは、「出店場所があるかどうか」です。キッチンカーを用意したのはいいものの、ずっと自宅の駐車場に置いてあるようなことになってしまったらどうしよう、と考えていたといいます。

hiro.caféのはじまり

キッチンカーの内装準備を進めていた時期、たまたま通りかかった康生町の雑貨屋で、「こんな平日に何をしているんだ?」と、店主に話しかけられます。身の上話をする中で、店主の好意から、幸運にも、その雑貨屋の駐車場にて、週に5日ほど出店することになりました。

ずっと不安に思っていた出店場所も決まり、キッチンカー営業のための環境が揃い、hiro.caféとしての営業がスタート。手に余ることのないようにと、教員時代から好きだったコーヒーや日替わりジュースなど、ドリンクのみの販売を行いました。

2018〜2019年の康生町は、今より人通りがずっと少なかったそうですが、このまちの人たちに支えられたと鈴木さんは話します。

僕はこのまちに知り合いがひとりも居なかった。でも、まちの人たちが、相談して、順番を決めてるんじゃないかと思ってしまうほど、入れ替わり立ち替わりで来てくれてたんです。僕を守ってくれたり、応援してくれたりした人がたくさん居たことは、想像に難くないですね。

雑貨屋前での出店の様子(鈴木さんインスタグラムより)

籠田公園にあるhiro.caféとして

康生町での出店を機に岡崎市へよく訪れるようになり、2019年7月からは、リニューアルされた籠田公園内で出店することを決めました。調べてみると、籠田公園での出店は、指定管理者である事業者に前もって利用申込を送り、受理された日に営業ができる仕組みが設けられています。

しかし、リニューアル当初は公園内も閑散としていて、遠慮気味に遊ぶ子どもたちや不安そうにテーブルを使用する主婦の姿をよく見かけたといいます。

不安を感じつつキッチンカーでの営業を始めた鈴木さん、その風景を見ながらふと考えました。「新しい公園だからこそ、使い勝手がわからないと感じている人もいるのではないか」と。そこで鈴木さんは、私物である「ござ」やたくさんの種類のボールを誰でも利用できるようにキッチンカーのまわりに置き始めました。

そのときの心境をこう語ります。

もちろん、何も持たずにゆっくりと過ごすのも、自分で何かを持ってきて遊ぶのも素敵だと思います。リニューアルして可能性がいっぱいの公園だから、「こういう遊び道具があるとおもしろいんだ」とか、「次はこれを持ってこようかな」とか、気づきがあったらいいなと思って。色々なものを置いてみました。

誰でも利用できるボールや絵本(鈴木さんインスタグラムより)

鈴木さんは、他の出店者さんと譲り合いながら申請を出していますが、結果的にほぼ毎日の利用を申請し、ひと月の半分以上を籠田公園で営業しています。

もうすぐ、hiro.caféの開業から6年。汗が滴るほどの暑い日も、公園内が閑散とする寒い日も営業を続けています。鈴木さんに会いに来る常連さんも多く、子どもたちが怪我したときには、「絆創膏ないですか!」と、駆け込む場所になっているほど、hiro.caféは籠田公園の日常のひとつです。

籠田公園での営業を続ける中で、鈴木さん自身が思っていることを伝えてくれました。

この公園の1番の利用者は僕なんじゃないかな。ここに居させてもらえることは、僕自身も心地良いです。せっかく居るのだったら、皆さんの楽しいことに繋がったらいいなと思っています。でも、大それたことをしたいという思いは全くなくて、ここに居るのか居ないのかわからないぐらい、自然にこの場でキッチンカーと過ごしていたいですね。

イベント出店とは違い、お客さん一人一人と顔を合わせて、話をしながらドリンクを提供できることがこの場所にこだわる理由だそうで、大病を経験したからこそ、「ああ、今日もいい1日だったな」と思えることを、鈴木さんはとても大切にされています。

鈴木さん自家製の「季節のフルーツエード」

最後に、鈴木さんが描くこれからをお聞きしました。

僕にとって、学校の教員が第1ステージ、hiro.caféが第2ステージです。第3ステージは、「元気な隠居老人」を目指しています。もう少しは、第2ステージを生きようかな。事業を大きくしたり、形を変えたりすることは全く考えていないので、今までやってきたことをコツコツと続けていきたいなと思います。

籠田公園の日常をつくり、子どもたちをそっと優しく見守るhiro.café。

黄色いキッチンカーを見かけたら、少し立ち止まって、ドリンクと一緒に籠田公園でゆっくりと過ごしてみてはいかがでしょうか。

鈴木浩幸
1963年生まれ。安城市在住。平成元年より県立特別支援学校勤務。29年務める。2018年12月より現職。好きな言葉「今この一瞬が宝物」、「おなか一杯焼肉。」

執筆:平良涼花(Okazaki Micro Hotel ANGLE )

公開日:2024.05.30

関連記事

QURUWAを、サポートする。

QURUWAに興味をもち、関わりたいと思われた方に
ふるさと納税や寄付などのご案内をしています。

詳しく見る

岡崎の変わるまちなか「QURUWA」と何する?