あの人のトライ:合同会社かしわぎ・株式会社Q-NEXT 柏木克友さん

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康生通り沿いに「柏木」と表札のかかった白い建物があります。もともとここは岡崎で1番古い接骨院と柔道場を併設する建物だったのですが、いままさに工事中。ご実家であるこの場所に若い人向けのシェアハウスと、多世代が集ってつながれる「康生ホール」をつくろうとしているのが、柏木克友さんです。現在実施中の高齢者支援の有償ボランティア「おかすけねっと」事業とあわせて、お話をうかがいました。

理学療法士と祭での絆

接骨院の4代目として、将来は柔道整復師(外傷性が明らかな原因によって発生する損傷に対し手術をせず、整復や固定などの施術をおこなう人)になって家業を継ぐと思っていた柏木さん。ところが、17歳の時にお父様が病気で他界し、院を閉じることになりました。

母親から何をやってもいいと言われ、知人から理学療法士(医師の指導のもと運動を主体とした治療や訓練をおこない、病後や障害の機能回復と日常生活動作などの維持や改善を図る人)という資格があると聞いて、大学のリハビリ学科を卒業後、理学療法士として丹羽郡大口町で就職しました。息子が幼稚園に入るタイミングで岡崎に戻り、大府に通勤していましたが、仕事はやりがいがあってすごく楽しかったです。

そう語る柏木さんは、仕事の傍ら20歳頃から地元の菅生神社の祭りなどに参加し、同い年の「宝金堂」佐谷繁さんと再会します。夏の祭りが近づくたびに連絡を取り合い、その1〜2ヶ月は毎週のように会って語り合う仲になっていきました。そして2021年の7月「「次世代の会」をはじめたから、集まりにでないか」と誘われたそうです。

がんばってる繁を見て自分もがんばりたいと思ったし、岡崎のために自分も何かしたい、という気持ちが湧き上がってきました。自分の実家の院はシャッターを下ろしていて、何もできていないことがまちに対して申し訳ないと思っていました。でも自分に何ができるんだろう。それをずっと考えていました。

ずっとやりたかった「まちのために」

柏木さんが自分にできることとして、管理職にまでなっていた仕事を辞めて「おかすけねっと」をはじめたのは「高齢者支援で介護保険の制度上は対応が難しいことで悩んでいる」と7町・広域連合会 次世代の会の中で地域包括支援センターの方から話を聞いたのがきっかけでした。

その方々は本来の仕事外である「家の電球が切れた」という日々の生活のことから、病院の受診同行をして先生の話を聞き、介護支援の方々と正しい情報を共有するといったことまで対応していたそうです。現代社会においては、家族や同居の人やご近所付き合いに替わる仕組みが必要になっている。そのことは柏木さんも地域のリハビリテーションを見ていたので、よく理解できたそうです。

岡崎市には「市の仕組みではすべての地域と人に対応することは難しい」と言われました。確かに市に依存するのは違うし、採算が合うわけではないけれど「自分がやるしかない」と腹をくくったんですよね。「まちのために何かやりたい」これは自分がずっとやりたかったことじゃないかって。もし失敗して理学療法士に戻ったとしても、挑戦したことに対して、後悔は絶対にしないと思います。

柏木克友さん

おかすけねっとを有償ボランティアにしたのは、無償ではサポートを依頼する方も頼みづらいし、関係人口を増やして継続できるようにと考えたから。現在、柏木さん以外に7人がサポーターとして日時やタイミングを見ながら動いています。今後は介護保険では使えない、美術館や月命日のお墓参りの同行など、個人の「楽しみ」のサポートのためにも使ってほしいと考えているそうです。「「安心して楽しく歳を取れるまち、暮らせるまちをつくりたい」がコンセプトなんです」と語る柏木さんはこのように続けます。

自分もいつか歳をとるから、その時に同じように支え合いができたらいいなと思っているんです。同じ地域の中で地域住民同士が支えるコミュニティが成熟したら、防災の観点からも、どこにだれがいるかがわかるので、何かあってもすぐに動けます。また、遠くのご家族の方とコミュニケーションや関わりを持つので遊休不動産問題や、空き家問題にも何か働きかけができるかもしれません。

場所に宿った物語や想いを引き継いで行く

まちのための有償ボランティア以外に、仕事をつくらないといけない。そう考えた柏木さんは、理学療法士の資格以外に持っているのが、いまは使われていない実家の元接骨院と柔道場、そして裏手に立つ家だと気づきました。

「studio36」の畑さんに「裏の家を見てほしい」と相談をし、手掛けたシェアハウス「松千代館」も見に行って「この仕組みは参考にできるかもしれない。学生が住んで商店街の人たちと関わり合っている姿っていいな」と思ったそうです。

畑さんと「若い人たちは、まちでの生活が楽しかったら違う地域で就職してもいつか戻ってきてくれるかもしれない」という話になって、僕もまちのそこかしこに思い出があるから、なるほどな、と思ったんです。いま、まちは一見賑わってるけれど、遊びに来る人だけではなく、このまちの魅力を知ってもらって、暮らす人や仕事をする人が増えたらと思っています。

シェアハウスは、studio36に設計・施工を担当してもらい、2023年2月に4部屋でスタートし、4月から学生さんに入ってもらおう、と予定しているそうです。

接骨院と柔道場が建つ前は、ビアホールだったらしいので「康生ホール」という名前にしました。実は、曽祖父は警察職員にも指導をしていた柔道の有段者で、そんな曽祖父を応援してくれる方が「地域の青年の教育のために」と戦後に接骨院と柔道場を建ててくれました。だからあそこは教育・育成につながるストーリーにつなげたいなと思っているんです。

「このまちには何が必要なんだろう」と常に考えているそうですが、子どもからお年寄りまで交流できるような場所のイメージはあり、キッチン付きのシェアスペースとして、大学生を主軸にシェアハウスと連動することも考えていると話してくれました。

マーケットイベント時には「康生ホール」の活用イメージを実験してみたそう

まちの人と共に地域の課題に応えていく

ここまで伺った、有償ボランティアをおこなう任意団体のおかすけねっと、そしてシェアハウス・康生ホールといった「合同会社かしわぎ」の事業の他に、柏木さんは、次世代の会の活動を経る中で、法人格があると委託事業が受けやすく、再投資をして新しいことに挑戦しやすいことから、次世代の会の佐谷さんや筒井さんと「株式会社Q-NEXT」というまちづくり会社をつくり、代表取締役にもなりました。

そんな柏木さんですが、岡崎の歴史やまちのことを詳しく知ったのは、ここ1年くらいのことだと言います。関わるごとにやりたいことは、どんどん増えています。

今後、合同会社かしわぎの事業としては、3月頃スタート予定で、岡崎の地域密着フードデリバリーも始めたいなと。個人の飲食店の料理を締め切り時間までに注文したら、配送業者がお店に取りに行って会社や住宅に運ぶシステムで、有機無農薬栽培野菜セットや菓子折セットも一緒に購入できるのはどうかなと考えています。
あとは、次世代の会でおこなっている「QURUWA夏祭り」を2023年は盆踊りに特化して、文化の継承のために年度明けから盆踊り教室を主催しようと思っています。地元の踊りの先生に会場費と講師料をお渡しして、みんなが無料で参加できたらいいなと。夏祭りの委員会とも連携したいし、いつか生演奏や太鼓の教室もしたいんです。

地域の課題はまちを知れば知るほど見えてきます。まちに住む人にヒアリングしたり、岡崎市と話をすすめたり、真摯に向き合うともちろん時間もかかります。それでも、利他的な活動の中でもやれることを模索し広げている柏木さんの姿からは「いまやりたいことをできている」という充実感であふれていました。

柏木克友
1984年3月、東康生の接骨院・柔道道場に生まれる。3代目である父の他界により接骨院が閉院、理学療法士となり他市に勤務。2021年7月から7町・広域連合会次世代の会に参画。地元のまちのため2022年6月で医療法人を退社、次世代の会から派生した有償ボランティア団体おかすけねっとを設立。11月より次世代の会をベースとしたまちづくり会社株式会社Q-NEXTを設立。稼業としても6月に、合同会社かしわぎを設立し、シェアハウスやその他事業を計画している。

文章:山崎翔子(Okazaki Micro Hotel ANGLE)

公開日:2022.12.30

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