岡崎の変わるまちなか「QURUWA」と何する?

あの人のトライ:ワインスタンド べヴィアーモ 若杉玖未さん

  • 事業を始める

愛知県岡崎市の「変わるまちなか」QURUWAエリアで、日々トライを続ける方々のお話を聞いていくシリーズ「あの人のトライ」。今回は、「ワインスタンド ベヴィアーモ(以下:ベヴィアーモ)」を営む、若杉玖未さんです。

ベヴィアーモは、QURUWAエリアにある「Okazaki Micro Hotel ANGLE(以下:アングル)」の1階を間借りして、週末3日間のみ営業。間借り営業とは、既存のお店が営業していない時間帯やスペースを借りて、別の事業者が営業する形態のことをいいます。

「日常的にワインを楽しんでもらいたい」という想いから、若杉さんが長年にわたって学び続けてきたイタリアワインを中心に提供。ほぼ毎週欠かさず通う常連のお客さんもいるほど、若杉さんがセレクトするワインや、一人でも気軽に立ち寄れるお店の雰囲気に多くの人が惹きつけられています。

昼飲みを楽しむお客さんで賑わう店内

岡崎市出身の若杉さん。学生時代に経験したオーベルジュ(宿泊設備を備えたレストラン)でのアルバイトをきっかけに飲食業へ興味をもち、名古屋市や岡崎市の飲食店で経験を積んだのちに、奈良県のレストランでソムリエとして働かれていました。その後、2024年に愛知県へUターン。現在は、名古屋市に住みながらこのエリアに通い、お店を開いています。

東岡崎駅前と比べると、まだまだ夜の賑わいが多いとは言い切れないこのエリアで、名古屋市から通いながら地元でワインスタンドを開くことを決め、トライをし続ける若杉さん。

そんな若杉さんに、自らお店を開くまでの道のりや、 間借りというスタイルを選んだ理由、イタリアワインへの想い、地域のお客さんとの関わりについてお話を伺いました。


聞き手はアングルスタッフの坂下夕凪がつとめました。

——アングルの坂下です。普段から若杉さんがお客さんと楽しそうにお話されている姿を傍から拝見していますが、ゆっくりとお話を伺う機会はなかったので、楽しみにしています。改めてよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

岡崎生まれ、各地での学びを経て

——若杉さん、ご出身は岡崎市なんですよね。

そうです。このあたりで生まれ育ちました。幼稚園も小学校もすぐ近くにあって、本当に地元です。中学から市外の学校に通い始めて、2001年に名古屋芸術大学のデザイン科に入学しました。幼い頃から絵を描くのが好きで両親も背中を押してくれたこともあって、受験を決めました。

幼少期の若杉さん(提供:若杉さん)

——いつ、飲食業に興味を持たれたんですか。

大学生ですね。学生って夏休みがすごく長いじゃないですか。20歳のときに、長野県の車山高原に1ヶ月住み込みでオーベルジュのアルバイトをしたことがあって、今思えばそれが最初のきっかけです。そこでお酒を教えてもらったり、サービスマンってかっこいいなと思ったり。無意識に飲食業の魅力を感じていたんだと思います。

——その頃からワインがお好きだったんですか。

ワインが特別好きという訳ではなく。お酒を飲むこと自体に抵抗がなかったので、とりあえず目に入ってきたものを飲んでみようという感じで色々なお酒を飲んでいました。

——大学卒業後はどうされたんですか?

最初は、岡崎市の飲食店で働き始めました。実家のすぐ近くにあってオープニングスタッフを募集していたのがきっかけです。そこで実践する中で、お客さんへの対応やコミュニケーションの取り方を学びました。
あとは、当時一緒に働いていた方たちには今でもお世話になっていて。その出会いがとても大きかったかなと思います。

———その後のキャリアはどのように進まれたのですか?

レストランを会場としておこなう結婚式でプランナーを3年半務めました。お金が貯まったので仕事を辞めて、旅行したり、自分で何か物をつくったり、東京で展示会をさせてもらったりと、自己投資もしてましたね。

その後、名古屋市にあるイタリア料理店で働きました。その頃は何の武器もないので、お客さんと対等に話ができない、信頼してもらえないと感じて。さすがに勉強しないとダメだなと思って、ソムリエの資格を取りました。

名古屋市にある飲食店の同僚と(提供:若杉さん)

コロナ禍を機に奈良のレストランへ

——その後も、イタリア料理店で働かれていたんですか。

いえ、2021年に退職しました。辞める前の2年間くらいはコロナ禍で飲食店の規制が厳しく、ほとんど働けない状況でした。このままずっといても自分の歳だけ取っていくだけだと思い、ソムリエの資格を活かして次のお店を探すことにしました。

——次はどちらへ??

県内で探してもおそらく状況が一緒だろうと考え、地方の飲食店をいろいろ探していたところ、奈良にあるレストランを見つけました。そこで働くことになり、移住をしました。

イタリア料理のレストランの中で特に高級で格調高く、洗練された料理とサービスを提供するリストランテで働くのは初めてだったので、とても勉強になりましたね。

——飲食業に惹かれているから、同じ業種を選んだのでしょうか。

惹かれる理由があるというよりは、臆病な性格ゆえの選択だと思うんですよね。慣れない仕事をやるよりも、自分が続けてきた経験やスキルを活かして、誰かの役に立てる仕事がしたいと考えた結果、同じ業界を選んでいるんだと思います。

これまでの経験について語る若杉さん

愛知県へUターン、アングルとの出会い

——愛知県に戻られたのはいつですか。

レストランに宿泊設備を追加したオーベルジュへと事業形態が変わるということで、そのタイミングで卒業し名古屋市に拠点を戻しました。辞めてすぐ独立したいと考えていたわけではなく、どこで、何をしたいのか、半年間くらいは知り合いのお店を手伝いながら考えていました。

——アングルとはどのようなご縁で?

知り合いの方から、「アングルという岡崎のホテルが、夜の時間帯に1階を使ってくれる事業者さんを探しているからよければ紹介しようか?」と、アングルオーナーの飯田さんを紹介してもらいました。

飯田さんは、このエリアにおける夜の静けさを課題に感じていて、お酒が楽しめるような場になってほしいと考えていました。アングルはキッチンや冷蔵庫、ワインセラーもあって、条件が整っていたので間借りを決めました。

——なぜ名古屋市から通われることにしたのですか?

名古屋市に引っ越したばかりだったので、すぐに引っ越す選択肢はなかったですね。
あとは、名古屋市に仕事の相談ができる同業の知人がいるというのもあって、拠点は変えず、通いを選びました。

アングル正面に置いているべヴィアーモの看板

———岡崎市でお店を始めることを決心された理由は何でしょうか。

やっぱりこのまちにお世話になった方が多すぎて。私は決して、自分から積極的に人に絡みに行くキャラクターではないんですが、いつも私のことを気にかけてくれたり、心配してくれたり、良い意味で踏み込んでくる方がとても多いんです。心まで関わっている、という感じがして、少なからず私もそこに救われているから、決心できました。

名古屋市でお店を出すことも考えていましたが、アングルさんを紹介していただいたタイミングがご縁だと感じたので、お店を始めることを決めました。

べヴィアーモオープン

アングルでの間借り営業がとんとん拍子で決まり、ついに2024年7月にワインスタンド ベヴィアーモがオープン。地元での独立にトライし、これまでの経験を活かしたお店づくりをされています。

——「ベヴィアーモ」の名前の由来を教えてください。

イタリア語で「一緒に飲みましょう」という意味です。以前、私がお酒を飲んで酔っ払って周りに「飲みましょう〜!」と言っていたらしくて。いい響きだし好きな言葉なので、お店をやるならこの名前にしようと、ずっと前から決めていました。

若杉さん自らデザインしたベヴィアーモのショップカード

——ワインを提供する上で大切にしていることはありますか。

当たり前ですが、美味しいワインを出すということです。ワインは生き物だと思っています。葡萄という原材料が発酵してワインになっていく。刻々と瓶の中の状態が変わっていくわけです。それをちゃんと見極められる舌を持っていることが大事で、そのためには舌が鈍感にならないために食生活にも気をつけなければいけません。

——私生活でも意識されているんですね!

もう当たり前になっていますね。人の口に入るものをお出ししているという責任は、常日頃から意識するようにしています。

あと、私はグラスの汚れにもすごく敏感です。グラスが汚かったら全部洗い直します。そういう基本的なことができていないと、同じワインでも価値が下がると思っています。

丁寧にワイングラスを拭く若杉さん

——イタリアワインを提供し続けている理由はどこにあるのでしょうか。

ずっと勉強し続けてきたので、他の国よりも思い入れがあるからです。それと、イタリアは生活の中にワインを楽しむ習慣があると私は感じていて、「日常的にワインを楽しんでほしい」という思いがあるからこそ、イタリアワインを選んでいます。

——どうして日常的にワインを楽しんでもらいたいのですか。

日本では、ワインに対して「堅い」イメージがありますよね。「詳しくないと飲めない」とか「ワイングラスで飲むものだ」とか。それは、私たち売る側が、ワインの楽しみ方を提案できていないから、敬遠されてしまっていると思っていて。それはとてももったいないですよね。

私は「ワインはコップで飲んだっていい」と思っています。今の日本の固定観念を変えて、日常的に楽しんでほしいんです。

若杉さんセレクトのワインとアテ

——間借り営業をするうえで、意識されていることはありますか?

間借り営業なので、その場所に合ったスタイルで臨機応変に対応していく柔軟さが必要だと考えています。

例えば、宿泊者の方がホテルの屋上でワインを飲みたいと言ってくださることがあって、その場合は屋上までお持ちしています。この提供スタイルは、他の場所では経験することはないですね。

あとは、宿泊者さんがチェックイン前に来られた際に代わりに荷物を預かるなど、お互いに助け合いながら営業を続けています。

QURUWAエリアでの営業

——QURUWAエリアのお客さんの特徴はありますか?

お酒が好きな人が多い印象です。

あとは、店員さんや飲み仲間などに紹介してもらって来てくださるお客さんが多いですね。昔から、互いに助け合っている感じがします。

——このエリアでお店を開くにあたって不安に感じていたことはありましたか。

お客さんが来なかったらどうしようとか、どんなふうに続けていこうか、とか。色々ありました。諦めている訳ではないですが、夜は静かなこのエリアで場所を構えて営業していくのは、かなりのリスクだと私は感じています。

なので、私の場合は別の場所で収入を得て、週末3日間営業するスタイルを選んでいます。どんなにお客さんが少なくても、「毎週、同じ時間に開けている」ということを大切にしたいです。これは、私が大切にしている「続ける」ということにも通ずると思っています。

——営業日数が限られている中で、集客や収益に対する不安や課題にはどのように向き合われているのでしょうか?

集客に関しては、現在かなりシビアな状況ですが、週3日に限定して間借りしているからこその利点もあるので、あまり深刻に捉えていません。仕事が欲しければ自分から動けばいいだけですからね。

10年以上前の働き方と比べたら、仕事の仕方を選択できる自由が増えましたし、私にとっても恵まれた環境だと思います。おかげで会社勤めのときより柔軟な考え方が身についたと思います。

——オープン時からずっと、日曜日のみ14時からの営業を続けられていますよね。これにも何か理由があるのでしょうか。

このエリアで、昼飲みの習慣を広めたいと思っています。明るい時間から飲むのって、背徳感もあって楽しいじゃないですか。

以前、「休日の午後は、翌日のための準備の時間だ」というのを何かで聞いたことがあって、本当にその通りだなと思うんです。明日からまた一週間頑張るぞ!とパワーを蓄えるような場所になれたらと思って、日曜日はお昼から営業しています。

明るい時間に営業している様子

1周年を迎えて

———オープンから1年経って、お店やお客さんに変化はありますか?

オープン当初よりも、1人で来てくださる方がどんどん増えています。みんなで盛り上がりたいタイプではなく1人になりたいのかな、という方が最近特に多い気がします。

——1人でも安心して来られるお店なんですね。

1人で来られる方が、静かにワインを飲めるお店でありたいですね。また、1人で来てくださった方同士が、ここでコミュニケーションを取って、新たな出会いが生まれるのも嬉しいです。賑やかな酒場っぽくしたくはないんですが、お酒が共通項としてあるのでいろんなジャンルの方が集まって、コミュニティになるような場所をつくりたいというのは、オープン当初から思っています。

常連のお客さんとの会話を楽しむ若杉さん

——今のお店のスタイルは、最初から明確に決めておられたのですか。それともやりながら見えてきたものですか。

まだまだ試行錯誤の段階で、これが私のやり方です!みたいな完成された型が掴みきれてないのが正直な所ですが、この現状が正解だとも思っています。

もちろん、お店のポリシーはブレるべきではないのですが、お客さま側の希望や要求と店側の想いのバランスを取り、取捨選択し続けながら成長していくのが店づくりの醍醐味だと感じています。

何でもかんでも要求を受け入れるわけではなく、そこに自分が愛情をかけられる価値があるかどうかが判断基準になってくると思います。一人の人に対して、自分が良いと思うものに共感して欲しい、幸せになって欲しい、ただそれだけです。

今後の展望

——これまで2〜3年おきに働く場所を変えられていると思うのですが、ベヴィアーモの3年後についてのイメージはありますか。

ここは可能な限りずっと続けていきたいです。プラス、別のところでお金を稼いで、海外に研修に行って、戻ってきて学んだことを活かして新しいことをする、という感じで続けていくつもりです。

——なにか新しく始める予定のものはありますか。

今後は、ベヴィアーモを続けながら、市外・県外問わず飲食に関わる仕事を同時進行でやっていく予定です。場所を固定してしまうと、どうしても視野が狭くなってしまうので、働く場所や人を固定せずに呼んでいただいた先でお仕事をすることは、頭の切り替えもできて、自分にとっていい気分転換にもなります。

しばらくは、お店を構えるというよりは、自分が移動して仕事をするスタイルでいきたいと思っています。

——どんなお店でありたいですか?

まちの中にお店がたくさんある中で、選択肢の1つになればいいなと思います。お客さんには、うちだけじゃなくて他のお店もはしごしながら、まちの中でお酒を飲むことを楽しんでほしいです。

——最後に、ワインを通じて伝えたいことはありますか?

もっと気軽に、日常の中でワインを楽しんでもらいたいです。知らなくても全然大丈夫。お酒を美味しく飲みたいという方でしたら、うちは全部揃っていますよ。

特に若い方にも来てもらいたいですね。飲んだことがないならなおさら来てほしいです。最初が本当に大事で、変なところで飲むとお酒を嫌いになっちゃうこともありますから。ちゃんと愛情を持って出されるワインを飲んでもらいたいです。

——素敵なお話をありがとうございました。これからも地域の皆さんに愛されるワインスタンドとして続いていくことを応援しています。

ありがとうございました。

若杉玖未
岡崎市出身。名古屋芸術大学卒業後、飲食業界でキャリアを積む。ソムリエ資格を取得し、名古屋市・奈良県での経験を経て2024年に地元・岡崎市にある「Okazaki Micro Hotel ANGLE」内で「ワインスタンド ベヴィアーモ」をオープン。イタリアワインを中心とした「日常的に楽しめるワイン」を提供している。

ワインスタンド ベヴィアーモ
インスタグラム:https://www.instagram.com/beviamo_winestand/?locale=ja_JP

撮影(特記なき場合):飯田圭(Okazaki Micro Hotel ANGLE)
取材・執筆:坂下夕凪(Okazaki Micro Hotel ANGLE)

坂下夕凪 / Okazaki Micro Hotel ANGLE サブマネージャー

1996年生まれ、富山県射水市出身。縁があり2025年に富山県から岡崎市に移住。一級建築士として戸建て住宅や店舗の意匠設計をおこないながら、アングルスタッフとしてイベント企画・運営や広報などを担う。

公開日:2025.09.01